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Lovely Prince

寮は学年ごとに棟がわかれているが、門限さえ守れば他学年の生徒でも自由に出入りは可能だ。
なので、娯楽室に同級生以外が混じっていても咎める者はない。
特に京由嘉や新海千草といった人気ある生徒が居るとその割合も多くなる。
と言いつつも、千草が滅多に顔を出さない事などわかっている。ほんの一瞬、廊下を通り過ぎるその姿、横顔が見られるだけでいい。その幸運にあやかりたくて訪れるのだ。
そんな意図が無くとも、京が現れるだけでぱっと笑顔になる者は多い。
自然と人を惹きつけて、場を明るくする力が京にはある。おう!と気安く歓迎し、あっと驚きの声を上げる者も、共通して喜びの笑みを浮かべる。
だが、その背後にもう一人の姿を認めると、途端にその場の空気が変わる。
あたたかな日溜まりに誘われて集まるのが京なら、千草は繊細な花を散らさないよう慎重に静寂を維持する感覚だ。
驚きや戸惑い、予想外の喜びといった感情が、一同の間で目配せで飛び交う。
そんな事は気に留める様子も無く、千草の興味は既に娯楽室の本棚に向かっている。
京はその隣で、さりげなく千草の腰に腕を絡める。

「図書館にある本ばっかだろ?」
「そうだけど……一応。見たい」

京は本に夢中な千草をくすっと笑って、一人ドリンクディスペンサーに向かった。
そこにこそっと近づいた一人をきっかけに、一気に数人が集まってくる。

「珍しいな」

素早い目配せだけで千草を示すと、探るような視線が京に向けられる。

「気分転換」

いつものにこやかな表情だが、京が同じく目配せで千草を示すと、皆なんとなく納得した。
どんな事情かまでは知らないが、千草を思っての行動だというのは推測できる。

「千草。こっち来て座ったら?」

千草の分とお茶のカップをテーブルに置いて座ると、千草は本棚から離れて隣に座った。

「何かゲームする?カードもボードも色々あるよ?」
「オセロぐらいしかルール知らない」

千草は小さく首を振って、お茶に手をのばす。

「一人で本を読む方が好き?」

耳目を気にしていないのか、千草に向けられる京の声はひどく甘い。眼差しだけでなく、全身から千草への想いが溢れているようだ。

「お菓子食べる?図書館は飲食禁止だから、こういうの無いだろ」

それ。と千草が指差したクッキーを、京は袋から出して口元まで運んでやる。
反発するかと思いきや、千草は何の抵抗も無く京の手からぱくんとクッキーを食べた。

「おいし?」

もぐもぐ口を動かしながらこくんと頷く千草を見て、京の方が幸せそうに微笑む。
お茶を飲んでいる千草の視線がある一点へ注がれ、京の視線もそちらへ向かう。
そこに見えていても、壁に絵が掛かっている事を意識する者がどれだけ居るだろう。
千草はじっとその絵を見つめ、抑揚のない声で呟いた。

「幸せそうな家族のピクニックに見える」

湖のほとり。木陰に敷いたシートに若い両親と幼い女の子が座っている。
その絵を見ながら、京がたずねる。

「違うの?」
「楽しいピクニックのはずなのに、お弁当も何も用意されてないし、三人もちっとも笑ってない。むしろ母親は男から子供を遠ざけ、守るように肩を掴んで自分の方へ抱き寄せてる」

自然と周囲の視線もそこに集まり、千草の声に耳を傾けはじめる。

「帽子に隠れて目元は見えないけど、男の顔は湖に向けられてる。よく見ると、湖面に人影が映ってるんだ。男はそれを見てる。父親がそこに居る不審者を警戒してると思うだろ?」
「……うん」

“家族が不審者に怯える”という構図は、京の表情や声を強張らせるのに十分だった。

「だけど実は、三人の背後の木や、手前にある白い花は死を象徴してる。そして男のネクタイの柄は泥棒や悪党を象徴するハリネズミだ。男は父親ではなく、この親子を誘拐した罪人なんだよ。だから、男はきっとこの親子を殺す」
「けど…っ、男は捕まるだろ?追手が来てるんなら」

京は祈るような気持ちで聞いた。
しかし、千草は頷かなかった。

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