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Lovely Prince
第十三話 悲惨な好意
寮に帰って靴箱を開けると、ノートを破ったような二つ折りの紙片を発見する。

『おかえり』

千草は表情を変えず、無言でその紙片をくしゃっと握り潰した。
以前から手紙やメッセージカードが入っている事はあったが、ここ何日かこういったメモが続いている。
初めに『いつも見てます』と宣言した通り、千草の言動について書かれている事が多い。
少し行き過ぎていると感じつつも、会いに来てくれる中学生達の純粋な好意が印象強くて、当初はそこに不快感はなかった。
けれど、気に入らない事があるとすぐに千草を批判し、周囲の人間に関しても何かとおとしめる様な事が書かれる。
特に京については酷くて、ボロカスにけなしながら同時に千草も悪いとなじる。
ここまでする動機が好意だとしても、それはねじ曲がった執着のように思えた。

千草はバッグから取り出した紙くずをまとめて自室のごみ箱に放った。
靴箱や机の中、バッグの中にまで潜ませるのは恐らく支配欲からではと予想する。
それで果たして満足するのかは知らないが、不満ばかりの文章を見るに、やがて行動がエスカレートしないかと恐怖を覚える。

「千草」

ノック音とその声で、もう不快感は吹き飛んだ。
京の両親から電話があって、千草も一緒にと誘われているのだ。

「うんっ、今行く」

脱いだジャケットをイスの背もたれにかけて、千草は声を弾ませた。



千草が微笑むのを美しいと称賛しながら、それが手紙の主に向けられない事を手紙は批判する。
遠慮無く体に触れる京を批判し、それを許容する千草を批判する。
千草の好意や関心は自分に向けられるべきで、接触も自分だけに許されるという理屈なのだ。
数少ない友情ですら、千草との仲を優越感に浸り自尊心を満たす為に利用していると決めてかかって、切り捨てるべきだと忠告する。
自分だって私欲の為に執着しているのではないのかと異論はあるが、千草には黙って握り潰していく事しかできない。
些細な不快感が積み重なって、次第に抱えきれなくなると、千草はようやく弱音を京に漏らした。

「もうやだ」

好意と称する薄い表皮の裏に、鬱屈した感情が透けて見える。
それは最早悪意で、初めにあったであろう純粋な好意など既に形骸化している。
何て理屈をこねようと、千草の目にはねじ曲がった感情を正当化する為の言い訳にしか見えない。
どうせその責任も千草に押しつけるのだ。自身の期待や願望が裏切られる度、一方的に千草を批判するのだから。

「無視し続けようと思ってた。でも……。こ、このまま相手に不満が募って、爆発した時に……襲いに来るんじゃないかと思うと…っ」

動揺で声が揺らぎ、指先が震えだすと、京は千草を抱き締めた。

「大丈夫。千草がストーカーを怖がってるって皆に話したら、協力して守ってくれるよ。皆に力を借りて、助けてもらおう」
「うん……。うん…っ」

千草は、自身のどうしようもない無愛想を自覚している。期待通りの反応を返せないから、相手にされなくて当然だという認識もある。
だからこちらから何かを期待するのは都合がいい気がしてならない。けれど今は、頭を下げて誠意を示し、素直に助けを乞うつもりだ。

「一条先生にも相談しよう。職員会議で報告してくれたんなら、ストーカーについても学校としてちゃんと対応してくれるかもしれない」

命を懸けて守ってくれた両親。
唯一の家族だと言って大切にしてくれる一真さん。
本当の家族のように思ってくれる京家族。
存在が皆の希望だと言ってくれた一条先生。
千草を受け入れ、親しくしてくれる友人達。
そして、無償の愛を捧げてくれる京。
千草は、自分がそういった多くの愛によってできているのだと強く実感した。だから皆の為にも、自分の命を大切にしなくてはならないのだ。

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