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Lovely Prince

「おい、イチャついてる場合じゃないぞ」

栗色の巻毛を揺らし、机の上に座りながらさらりと口にした彼は、千草が友人と呼べる貴重な存在の一人だ。
彼の言う“イチャついてる”とは冗談でも皮肉でもなく、奇跡的に成立した特別な関係を受け入れているからこその表現だ。
が、千草はまともに受け取ってはいない。

「ウチのクラスに転校生が来る」
「どんなタイプだ?大型肉食系は最悪だぞ」

顔をしかめる京を見て、誠(まこと)はニッと大きな口で笑う。

「安心しろ。小動物系の可愛い子だって噂だ」

二人の会話を聞いた途端、クラス中が浮ついた空気に染まる。
恋愛対象の性別に関わらず、男子校という特殊な環境ではむさ苦しい男より少しでも見目が良い華が歓迎されるらしい。
けれど千草はそんな事には関心が無く、むしろ転校生側の心境を思う。
小学四年の時に転入した千草に比べて、内部進学者が多く同級の結束が強くなっている高校から入る方がずっと大変だろう。


「伊吹里久(いぶきりく)です。よろしくお願いします」

くりっと丸く大きな目に、緊張で紅潮した頬。
背丈は小柄で、千草より小さく見える。
ふんわりと波打つ蜂蜜色の髪が輝く。
小動物系という表現がぴったりの、噂通り可愛らしいタイプだ。

教師に促され、彼が座ったのは京の隣だ。
誰とでも分け隔てなく付き合える人懐っこい誠らしく、早速振り返って話し掛けている。
どんなタイプか気にしていたので京もそこに参加すると思いきや、そんな様子はない。
千草がちらりと振り向くと、授業中にたまにかけているメガネのケースをカバンから出しているところだった。
普段ふざけているだけに、真顔で黙っているとそれだけでも意外性を感じる。
視線に気付いた京は、目が合うなりにこりと微笑む。

「可愛いね、千草」

口を開いたかと思えばこれだ。
千草が呆れて半眼で見やる表情さえ、絵になるなんてふざけたことを言う。
嫌がられるとわかっているのに、事実だからしょうがない。言葉にせずにいられない……などと言ってあれこれ褒めるのだ。
誠は慣れたものだが、転校生には戸惑いが大きかった様で赤面して固まった。


集会のために一斉に動き始めた学生達はあちこちでかたまり、転校生と話したそうにちらちらと気にしている。
が、千草が居るので無闇に近付くことができず、遠巻きに眺めるしかない。

「どうだ、里久。ウチの千草は美しかろう」

誠は宝物を自慢する様に、うやうやしく千草を紹介した。

「ま、正しくは“俺の”千草だけどな!」

京に我が物顔で肩を抱かれた千草は、ぎゅっと眉間にシワをつくる。
二人を見比べて里久はその温度差を察したが、まだ関係性がわかっていないので何とも言えずに笑みをつくるしかなかった。
見物していた観衆は、転校生相手に抜け目なく先手を打って牽制した京に心中で拍手を送った。

可愛らしい顔を見下ろす千草は、ちらりと誠に視線を向ける。

「りく……?」

いつの間にそんなに距離を詰めたのか。
そして自分もそう呼んでいいものか……?と千草が目で問うと、里久は察してこくこくと頷いた。

「それじゃあ……里久」

千草がただじっと見つめても、そこに気まずい沈黙が流れても、里久は動じずに笑顔を向ける。
千草が転入した時もこうして人が集まってきたが、意思疎通がうまくいかずに離れていった。
気分を害さず、いつまでも気長に付き合ってくれたのが京と誠で、それが今でも続いているのは彼らのお陰だった。

「新海千草。……好きに呼んでくれていい」

声質はやわらかく、優しく穏やかな響きなのに、冷淡な口調と表情が威圧感を与える。
それは変えようのない千草の性質で、付き合える人間が限られると重々承知している。
だから、里久の反応には面食らった。

「それじゃあ……、千草」

照れ臭そうに名前を呼ばれて、千草も少しくすぐったくなる。
きょとんとした一瞬の無垢な表情から、ふんわりとほのかな笑みに変わる。
その瞬間、伊吹里久はただの転校生ではなくなった。
見学者達は、守護神の様に千草の傍らに立つ京と誠が笑みのかたちのままさりげなく目配せをするのを見た。
誰の目にも楽しげに会話を続けているだけに映ったが、居合わせた面々はその審判を悟った。
彼は、新海千草の友人として認められたのだ。

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あきゅろす。
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