夢を見た。それはひどく懐かしいもので。夕月が熱で寝込んだ時に、母さまは優しい温かな手で握ってくれた。そうしていつも決まり文句を私にかけるのだ。 『「大丈夫だよ」』 そう優しく囁く。されど一言、夕月は落ち着き安心して眠れる。 先ほどの母さまの声が、なんとなく二重に重なった気がした。 重たい瞼を持ち上げると、そこは今では懐かしい木目の天井が映った。 何故?と視線をずらすと四つの頭が夕月を覗き込んでいた。 「…起きたか」 一人の男が呟く。ふと手の平に温かさを感じて見ると、少年というべきには少し華奢すぎて少女という表記のほうが当てはまっている子が夕月の手を握っていた。視線を感じたのかその子はパッと手を離した。 夕月はゆっくりと身体を起こす。それを一瞥した男が問いかけた。 「ところで…、お前は何者だ?」 「……夕月、と申します」 周りが私に疑いの目を向けていたので、ここは正直に答えるべきだろう。頭を下げ一礼すると、頭上からため息が零れた。 「名前を聞いている訳じゃねぇ。…何故お前はこの屯所の中庭で倒れていたんだ?」 「中庭…?」 その男はさも当然のように聞いてくるのだが、夕月にとっては状況が全く理解出来なかった。 何故荒廃した世界にこのような綺麗な家が建っていて、男たちが暮らしているのだろう。この地に健全な人がいるなんて不思議で堪らなかった。たまに人間を見つけたことはあるが、みな飢えていて健康そうに見える人は一割にも満たなかったのだ。まるで昔書物で見た、想像の世界のようだと夕月は思う。 「あの、すいません。ここ、何処ですか?」 「何処って…。だから新選組の屯所だって」 「え?」 髪が長くまだ若い男が答えた。彼は『新選組』と言った。それはひどく懐かしい単語のように思えた。遠い遠い昔に聞いたことがあるような。 「何で私、ここにいるんですか?」 「…おいおい、もしかして記憶喪失かァ?土方さん、こいつどうすんだ」 赤い髪の男が最初に声をかけてきた男―土方に問い掛け、土方はそうだなと考える仕草をした。 「とりあえず近藤さんに話てくっから、そいつ逃がすなよ」 土方立ち上がり部屋を出ていった。一瞬静まる部屋、そこで赤い髪の男がそういえば、と話をきりだした。 「お前の氏は何なんだ?」 「氏、でございますか。…母親は“雪村”と名乗っていたそうですので“雪村”だと思います」 「!」 “雪村”という単語を出した途端、部屋の雰囲気が変わる。 特に華奢な少年がそわそわしだした。その瞳は一筋の希望が宿っていた。 「綱道さんと関係があったりすんじゃねーの」 「千鶴、の親族だったりするのか?」 「いいえ。知りません、けど父さまの親族までは…」 まさかなぁ、と三人でぼそぼそと小声で話しているが、夕月にも聞こえていた。 赤い髪の男が華奢な少年に向かって千鶴と呼んでいて、私は目を見開いてしまった。 「ち、づる?―もしかして、貴女は雪村千鶴なんですか?」 疑問を口にだした。嘘であってほしいような、真実であってほしいような、夕月は矛盾を抱えたまま返答を待つ。それまでの時間がとても長く感じられた。 「え、はい。そうです」 夕月の心の中の葛藤も虚しくあっさりと肯定されて。夕月は思わず乾いた笑みが零れた。諦めたようなその笑いを心配そうに千鶴は見た。 「は、ハハッ」 「…夕月さん?」 これは神様の意地悪なのか。私はここへ来て何をするべきか、少し分かってしまったのだ。 「母さま…。絶対に守ってみせます」 「え?」 夕月は気付いてしまった。 ここは母さまが生きた、過去の時代なのだと。 |