柔らかな思い
 そうこうしていると、再び車のドアが開いた。ニーナは再び傷の治療に専念し出していた為、シェリンダだけがそちらへと顔を向ける。

 「こちらです」と言いながら、誰かを中に招くギージットンの姿。そして中に入ってきた人物に、シェリンダは目を丸くした。

「ルヴォーク隊長」

「よう」

 余裕そうな笑みを携えて、ルヴォークは敬礼をするシェリンダから、飛び込んできた名前に驚いて顔を向けてきたニーナ、そして椅子に寝そべらされているピゼットへと視線を動かす。

「おうおうヘマしやがったなピゼ」

 真っ赤に染まっているズボンを見つめ、少し茶化すような口調で言った。

「ルヴォーク隊長、なぜ…」

 突然の隊長の登場に、シェリンダも困惑を隠せない。ニーナは魔法の発動を止めて、立ち上がると敬礼をした。

「ルヴォーク隊長が居てくださって助かりました。感謝します」

 ニーナは来るのがわかっていたかのように挨拶をすると、3歩程後退する。ピゼットの隣を開け、そこにルヴォークが来てしゃがみこんだ。

「呼吸は落ち着いてきてんな。まぁこれならどうにでもなんだろ」

 汗で湿った前髪を分けて表情を見てから、ルヴォークは鼻から息を吐きながら力を抜く。

「本部に連絡したの。そしたら、ルヴォーク隊長がたまたま休暇でいらっしゃるから、隊長を迎えに来てくださるって」

 困惑したままの表情を浮かべていたシェリンダに、ニーナが耳打ちをした。それを聞いてやっと納得いったシェリンダは、ニーナを見る。

「大変だったでしょう…? ありがとう。もう、休んでちょうだい」

「うん」

 鳩が使えるのは隊長のみで、鳩だけが直接イリーナやケイルと連絡が取れる。ゲルゼール以下は、本部に連絡しても本人確認やら面倒な手続きを踏まねばならず、鳩がない場合の隊の連絡は非常に面倒になっているのだ。
 ちなみに、ファンタズマ本部には外部から魔法の干渉を避ける結界が張られている。これは本部の位地が明らかになっているため、敵襲からの防御対策であるが、こういう場合直接中に連絡魔法が飛ばせないので、電話を繋ぐと言う回りくどい手段で連絡を取らねばならないのだ。

 いろいろ面倒な手続きをこなしながらピゼットの容態を気遣ってくれたニーナへ礼を述べれば、ニーナは疲れた顔をしながらも微笑んで頷いた。

「あの……」

 その時、聞きなれない声が耳に飛び込んで二人してそちらへ顔を向ける。そこには、おどおどした表情をした少女と、綺麗な顔で、真剣な眼差しをした青年の姿。

「ギージットン…!」

 訳がわからず困惑するニーナを置いて、シェリンダは当惑したような表情を浮かべるギージットンを見る。なぜ、一般人がここにいるのか。

 普段ならそこまでいきり立たないかも知れないが、今ここには意識を失ったピゼットと、鼓動を止めたハルがいるのだ。どちらも、隊員にすら見せたくない状況。それを、ただ任務で情報をくれただけの一般人に見せるなど、シェリンダには我慢がならずに彼を睨んだ。現に、少女はハルの死体を見て怯えている。そんな対象にハルがなるなど、気持ちがいい筈がない。
 ギージットンもそれは理解出来ているようで、苦い顔をしていた。

「おい、コイツは早く連れて帰らなきゃならんからな、用があるならさっさと済ませな」

 だが、そんなゲルゼール達の無言の会話を無視して、ルヴォークはファリバールを呼ぶ。ファリバールは頷くと、ピゼットの元まで歩いていき、しゃがみこんだ。

 血で、体が真っ赤に染まっていた。子供っぽく笑っていた顔は血の気が失せていて、閉じた瞳はピクリとも動かない。ただ、そこに在るだけのように、呼吸だけを繰り返していた。

「ねぇピゼットさん」

 その様子を神妙な表情で見つめてから、口元に柔らかな笑みを浮かべた。呼んでも彼からは反応は返ってこない。それでも、口を開く。

「あなたが出て行くとき、俺、思わず呼び止めちゃったじゃん。あれ、自分でもよくわからなくてあんなこと言ったけどさ、考えて、どうして呼び止めたかやっとわかったんだ」

 柔らかい声で発せられる声。車内に居る他の者は口を閉じ、シンとした世界にその柔らかな言葉だけが流れる。

「言ってくれたよね? 俺のこんな体質のこと、それは才能であり、個性なんだって……。そんな風に言ってもらったの初めてだったし…そんな風に考えたこともなかったから、俺、凄い嬉しかったんだ」

 ファリバールの言葉に、シェリは顔を伏せて、涙ぐんだ。ファリバールの傍にずっといたから、ファリバールの気持ちが痛いくらいにわかるのだ。それは衝撃として降り注ぎ、身を震わせた。まるで雷で打たれたような驚愕と、波のように押し寄せる、喜び。

「シェリ以外の人に、存在を肯定してもらえたのは初めてだった……」

 それは初めての経験で、どれ程彼の胸に響いたのだろう。街の人間のファリバールに対する態度はギージットンも知っていたので、ピゼットが発した何気ない言葉がどれ程の熱を持って響いたのか、正確にとはいかずとも、想像が出来た。苦い顔をしていたギージットンも、渋っていたシェリンダも、困惑し、話に付いていけていなかったニーナも、今は黙って彼の言葉に耳を傾ける。

「あなたのお陰で、この体質をもっと何かに発揮していけないかなって、思っていけるようになった。俺のこの力が才能なら、何かに役立てていきたいって、人から逃げてばかりじゃなくて、どうにかしてこの体質を生かせないかなって、思えるようになったんだ」

 笑顔を浮かべた言葉に、ピゼットは目を開けない。それでも、届いていると信じながら、ファリバールは言葉を繋げた。

「俺の世界を変えてくれて、ありがとう」

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あきゅろす。
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