ゲルゼールとして
 一歩早く車に着いたシェリンダは、急いで扉を開けると車内を覗き込んだ。

 広い車内の中で、一番手前にもう血の気も無くなったハルの遺体が安置されている。その更に奥に行ったところに、ピゼットが寝そべっていた。
 その体の前、床に膝を付いた状態で、ニーナが彼の腹に手を添えている。扉が開いた音にすら反応せず、真っ赤に目を腫らしたまま、じっと傷口を睨み付けていた。

 彼女の手がやんわりと輝いている。その手から、糸のような光の帯が何本も伸び、彼の傷口を縫うようにふよふよと揺れていた。

「ニーナ」

 車内に入ると、シェリンダはゆっくりとニーナに近付く。ニーナはこちらには目を向けず、小さく声を出して返事をした。

「大丈夫? 回復魔法なんて…」

 シェリンダはそう問い掛けながらニーナの顔を見た。
 額からは汗が溢れ、手は微かに震えている。あまり顔色も良くない。

 ニーナは首をふるふると横に振ると、また傷口を睨みながら口を開いた。

「大丈夫か大丈夫じゃないかじゃないじゃない……。私だって…何かしたい……」

 流れ落ちた汗が、顎から離れて床に落ちた。それでも、ニーナは休むことなく魔法を発動し続ける。

 回復魔法は、とても繊細な魔法だ。元来他人の魔力は人体には害にしかなりかねない。一歩間違えれば、薬を与えるつもりが毒を投与してしまうのだ。
 故に、扱いは非常に難しく、回復魔法は全てAランク以上に属している。

 また、傷の治療には時間が掛かる上に扱いがシビアだ。回復魔法を扱える者は、極めるためにそればかりを練習してきた者が殆どだという。とても難しく、使えない者の方が圧倒的に多かった。

 ニーナは多少は使えるが、フロラのように使いこなせるわけではない。苦手な魔法を発動するのすら普通でも難しい。それを、発動中は一切気の抜けない、それも長時間の発動を要する回復魔法。彼女の精神力が削られるのは当たり前の話。

「ごめんなさい…代わってあげられなくて……」

 シェリンダは目を伏せながら口を動かす。回復魔法は扱いが難しい。ウィクレッタだって、使えない人の方が多いほどなのだ。シェリンダも、回復魔法は扱えない内の1人。代わってあげたくても、彼女の負担を減らす手助けすら出来ない。

「いいんだよ…。私も迷惑掛けちゃったから、これくらいやらせて」

 そう言った彼女の声は、震えてはいなかった。目こそ泣き腫らした跡があるが、すでに頭の整理は出来たらしい。今は、出来ることをやる。不安定な心では、苦手な魔法など扱えるはずもないから、彼女はピゼットの為に、懸命に気持ちを切り替えたのだろう。ピゼットの様子を伺えば、呼吸が落ち着いてるのが目に入った。

「ありがとう……ニーナ」

 シェリンダは瞳に切なさを映しながらも、口元を柔らかく微笑ませる。ニーナはそれを見て、やっと目を細めて笑みを浮かべた。

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あきゅろす。
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