消化できぬ思いを抱えて
 オマラージュに着くと、まだ街は死んだようだった。人気のない街並みを越えて、巨大な屋敷へと足を運ぶ。

 門の前のチャイムをならすと、ジリリリリと大きな音が響いた。その後、がチャリと音が切れると、老人の声がインターホンから聞こえてくる。

『どちら様ですか?』

 昨日と同じように返ってきた声。

「ファンタズマ、9番隊副部隊長のギージットン・クルーバーです。任務報告に伺いました」

『おおっ! 終わったのですね! さぁどうぞお入りください』

 答えると、ゆっくりと門が開き出した。二人は頷き合うと、門の中へと身を投じる。



 屋敷に入ると、同じように応接間へと通された。程なくして、グルジアンが姿を現す。
 メイドが入れたコーヒーにたっぷりの砂糖とミルクを入れていたが、最早色がカフェオレより白くなっていた。

「いやぁ終わったなら本当に良かったです。これで工場も再開できる。すぐにでも、その胸を職員に伝えなくては」

 上機嫌に豪快に笑ってから、そう言えば、と言うようにギージットンを見つめてきた。

「ピゼット隊長はどうされたんです?」

 来た、と思いながらその質問に頷く。彼も昨日ピゼットの姿を見ている。他の面子が挨拶に行った街ではあまり隊長の存在を言及はされなかったが、やはり隊長が自ら赴いてくる事を知っている人間はどうしても疑問に思うだろう。

「ピゼットは今回の任務で負傷しまして、現在治療を施しております。命に別状はありませんが、私の独断でこの度はピゼットには治療を優先させ、私がご挨拶に伺わせて頂きました、申し訳ありません」

 言うと、シェリンダと共に深々と頭を下げる。

「怪我!? 彼は隊長なんでしょう!? それなのに怪我をしたのですか!?」

 グルジアンは、その言葉に目を見開き、身を乗り出して驚いた。テーブルに置かれていたコーヒーカップが、あまりの衝撃にコーヒーを揺らして溢し、受け皿を飛び出してテーブルに滴を落とす。

「申し訳ありません」

 その反応に、ギージットンとシェリンダは頭を下げながら唇を噛み締めた。

「いや…ファンタズマの隊長になる方は、正直もっと化物染みた強さを持っていると思っていました……。こう言っては何ですが、昨日お見かけした時、本当に不安でしたが……やはり……」

 そう言い終えると、ふぅーっと長い溜め息を着く。二人は、ただ黙ってその言葉を耳に入れていた。

 彼の言動に怒りはない。むしろ、この反応の方が一般的だった。
 ウィクレッタは強い。だから怪我なんかしない。そんなイメージが強く、いざウィクレッタが負傷すると驚き、最終的にこんな結論に至る。


 ――ファンタズマも大したことない


 任務での負傷は、労われる事はほとんどない。むしろ、それだけ名の売れた組織ならば、もっとスマートに依頼をこなせと言う、憤りまで向けられる。
 依頼主にとって、どこかファンタズマの人間は対等ではない存在だった。戦闘に秀でた化物集団で、隊長はその親玉程度にしか思われてなどいない。多くの人間が無意識に、ファンタズマの人間を人としてすら、見ていない事が多いのだ。お国のために闘う道具とでも、意識下の中に抱いているのだろう。




 任務の報告も全て終わり、オマラージュの外を目指して歩き出す。話し中、既に連絡が回ってきたのか、パラパラと人が外に出ているのが目に入った。どこの家の窓もカーテンやシャッターが開かれ、人々の生活の息吹が戻りつつある。

「はぁ……」

 そんな中、シェリンダは小さく溜め息をついた。

「シェリンダ……」

「ご免なさい、つい……」

 心配そうに見つめてくるギージットンへ視線を送ってから、また街へ目を向ける。

「ただ……歯痒いわね…」

 理解しろ、と言う方が難しいのかも知れない。だが、自分たちも同じ人間であると、どうしても認識はしてもらいたかった。命懸けで戦っているのは、同じ人間なのだと。
 任務の度に感謝や賛辞が欲しいわけではない。自分たちは闘うのが仕事だし、任務中どんな事をしているかなど、依頼人達にわかるはずもない。

 それでも、歯痒いと感じてしまうのだ。何も知らないのに、勝手に自分たちのイメージを作り上げ、勝手に評価を下されるのが。

 それが世の中であり、人間の心理の在り方なのも理解している。だが、悔しいと感じてしまうのはどうしても止められなかった。

 ピゼットがどんな風に戦ったは知らない。何が起こっていたのかも、ピゼット意外知るものは居ない。それでも、優しく繊細で、自分以上に人を気遣うあの隊長が、過去の傷を抉ってまで闘いに身を投じて、自らすら燃やしきろうとしてしまっていた。
 家族同然のハルや隊員たちを失い、隊自体意気消沈している。悲しみは大きいのに、そんな悲しみを味わっている事すら理解は貰えず、ファンタズマの隊員として自分たちと同じ心を持っていることを知ってなど貰えない。

「そうだな……」

 同じく悔しい思いを抱えているギージットンも、目を伏せながら呟く。それが仕方ないことなのだと理解しつつ、割り切れない。それを心が未熟なせいなのだと言い聞かせながら、隊員達のもとへと急いだ。

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あきゅろす。
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