侮りの過ち
 医務室を出ると、後から付いてきたジュイへ目を向ける。

「どうなったんだ…?」

 尋ねると、ジュイはふと目を伏せた。

「ただ単に私の力不足でしたわ…。申し訳ありません……」

 心底悔しいのか、下唇を噛み締めながら、絞り出すような声を出す。

「誘い出しせたのは何処の隊だ?」

「9番隊でした」

 ジュイの言葉を受け、医務室の前で待っていたムーファへ目を向けた。

「ピゼット・オルズレンの率いる隊ですね。ゲルゼールにはギージットン・クルーバー、シェリンダ・ロファン、ニーナ・クロエーツ、ハル・リクルードが居ます。隊長のピゼットは確か"ストーリー サモンズ"の使い手でしたね」

 ムーファはアイルと目が合うと、台本を読むようにすらすらと言葉を繋げる。アイルはそれに頷くと、またジュイへと目を向けた。

「ウィクレッタを個人戦には持ち込めなかったのか?」

「いえ。最後にはゲルゼールが駆け付けて来ましたが、闘っていたのは彼だけですわ」

 ジュイは、言葉を放つとどんどん険しい表情になっていく。

「あの子の魔法で、ハル・リクルードを手駒にして、3人で彼を打ちに行きましたの…それなのに……」

 彼女の腕がぶるぶると震え出す。珍しい光景に、アイルは目を細めた。

 ゲルゼールを手駒にして、実力者のジュイとリーフェアルト、それを前にして、リーフェアルトに負わせた重症。ウィクレッタが居ないところを見れば、操ることにも失敗したと見て間違いない。

「確かピゼット・オルズレンは"ストーリー サモンズ"の常識はずれな使い方をする奴でしたね。他のウィクレッタに比べて対多勢戦は得意としています」

 ムーファが、思案するアイルへ声を掛ける。

「余計な事はいいわ。失敗した事実だけが重要よ」

 助太刀のように出された情報に、ジュイはムーファを睨み付けながら早口で言い放った。ムーファはムッとして、眉を寄せて眉間にシワを刻む。

「そうか…、今回の作戦に関して注意すべきは7番隊のタピス・クライドくらいだと思っていたが、ウィクレッタを嘗めていたようだな……」

 だが、アイルはジュイの言葉は聞かなかったかのように顎に手を添えて言葉を溢した。

 対個人だろうが対多勢だろうが、場所と条件を一切選ばない攻撃を持つウィクレッタだ。一つ一つは個人への攻撃でも、スピードが桁違い。もしジュイだけならば対処は出来るだろうが、リーフェアルトへのヘルプをするには時間が足りなすぎる。だから派遣されたのが7番隊ならば引き上げろとは言っていたが、甘かったようだ。やはり、ウィクレッタを狙うならばもう一人は派遣すべきだった。

 ジュイは弱々しい視線をアイルに向け、心配そうに眉を下げる。

「でも…私、アイル様に会わす顔がありませんわ……」

 とは言え、失敗は失敗なのだ。自分を信じてくれたアイルに申し訳無さすぎて、直ぐに床へと目を向ける。

「いや、俺がウィクレッタを侮った結果だ」

「いえ、私の力不足ですわ。今ブリーヴァもバッツも別件で動いてますし、フィーティオは今無理させられませんでしょ…? 私がしっかりしなくてはいけませんでしたのに…」

 さらに表情に影を落とした。アイルはそんな彼女の頭へ手を落とす。

「気にするな。その為にまだ策を巡らせているのだ。ピゼット・オルズレンやハル・リクルードにはダメージを与えられたか?」

 質問を投げながら、優しく頭を撫でてやった。ジュイは少し安心したのか、やっと視線を元に戻す。

「えぇ。ハル・リクルードは死亡、ピゼット・オルズレンも致命傷ではありませんが、傷を与えられました。出血はかなりしていたので、ダメージは大きいと思いますわ。それに、いくらか9番隊隊員の人数も減らせました」

 問いに頷きながら答え、そのあと、なぜか再び目を反らしてしまう。

「どうした…?」

 アイルは首を傾げ、様子のおかしい彼女へ言葉を渡した。ジュイは目をまたアイルへ向けると、決心したように口を開く。

「本当は失敗を言い訳するようで嫌だったのですが…アイル様のお心に甘えて言わせていただきますわ」

 その言葉に、さらに首を傾げることとなった。無言で続きを待つと、ジュイの表情が険しくなっていく。

「本当のこと言いますと、この作戦、途中までは上手く行っていましたの」

 そうだ。確かに苦労はしたが、それでもピゼットは一度崩れた。あれで、本当は終わるはずだった。上手く行っていたはずなのだ。なのに、結果は失敗に終わっている。理由を思い浮かべ、彼女の顔は青ざめ出した。

「他のウィクレッタでしたら、上手くいっていたかも知れませんわ…。でもあの男……ピゼット・オルズレンは異様でしたの」

 崩れた筈なのに立ち上がった異常事態。その男が放つ、背筋の凍る恐ろしさ。魔力が産み出した、異様な黒きもの。思い出しただけで汗が吹き出し、恐ろしさが蘇ってくる。

「あの男は本当に人間なのかと疑うほど……あれはまるで…」

 彼女の顔を見て、アイルは眉を潜めた。

「悪魔ですわ」

 冗談などではない真面目な表情で、そして怯えを濃く映した表情で、彼女は言い放つ。アイルはその言葉に瞳の色を怪しく輝かせた。

「わかった…。ジュイ、ムーファに詳しい事情を説明してくれ。それが終わったら体を休めろ」

「わかりましたわ」

 その言葉にジュイは頷く。それを見て、アイルはムーファへ目を向けた。

「ジュイの話を詳しく分析し、俺へ報告してくれ。頼んだぞ」

「はいっ!」

 ムーファも頷くと、ジュイと二人で歩いて行ってしまう。1人残されたアイルは、医務室の扉へ目を向けてから、また自分の部屋への道を戻っていった。

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