立場と涙
「助かったシェリンダ」

 ピゼットの体を抱えると、ギージットンは着地を決めた女性を見つめる。

「いいのよ。本当は敵に不意討ち掛けられるように移動する前に魔法陣を描いてたのだけれど……こうなってたとはね…」

 シェリンダはギージットンを見てから、周りを見回した。

「あぁ…俺達が来たときにはもうこの有り様だ…」

 ギージットンは気絶したピゼットを地に寝そべらせると、服を捲って脇腹の傷を見る。致命傷ではないが、傷が開いた時間が長いせいか、出血が酷い。ピゼットがこんな斬撃を食らった事実に驚きながらも、それだけの強敵だったのだと思い直す。とにかく止血が先だと何か縛れるものを探したが、そんなものが転がってる筈もなく、自らの団服の上着を脱ぐと、それを傷口に宛がった。

「でも、あなたが素早く対応してくれて助かったわ。あまり時間が無かったから、簡易魔法陣しか描けなかったの。暴走した隊長にはあと5秒ももたなかったでしょうね」

 シェリンダはその様子を見守りながら、目を閉じたピゼットの顔を見つめる。ぐったりした顔は血の気が無くて、本当に危なかっただろう。

「いや、しかし魔法陣を使わなければ止められなかった。準備をしてきてくれて助かった」

 ギージットンは軽く顔をシェリンダへ向けながら、キツく傷口を縛り上げる。小さな呻き声が、ピゼットの口から零れた。

 簡易魔法陣とは、通常描くべき魔法陣を簡略化して描いたもののことを言う。緻密な魔法文字と造形技が必要な魔法陣を手軽に、素早く描けると言う利点があるが、当然威力は弱まるものだ。

 だが、戦いは一瞬の世界。だから、少しでも足が止められればと簡易魔法陣を描いてきた事が、どうやら功を奏したようだ。シェリンダもしゃがみ込むと、ピゼットの頬へ手を滑らす。汗が滲んでいるのに、少し冷たい。呼吸も小さく、不安が胸に込み上げる。

 ちなみに、魔法の効力を表す為にある程度の魔法文字は書き込まねばならず、必要な量は魔法陣の種類によってもまちまちだ。簡単に使えるものではない。

「ハルッ!」

 じっと幼く見える隊長を見つめていたその時、ニーナの叫び声が聞こえる。そちらへ顔を向けると、倒れたハルへニーナが駆け寄っていた。

「ハルっ!?」

 その光景を見て、シェリンダは目を丸くした。

「ドリミングに?」

 それから、渋い顔をしているギージットンを見る。

「わからん…。ここに来たときには既にあそこで寝そべっていた……」

 ギージットンは、それから悔しそうに下唇を噛んだ。

「ピゼット隊長から連絡があったとき、ハルの隊へは声を掛けなくていいと言われたんだ…。おそらく、その時点でハルはここにいたのだろう…」

 どういう事なのかわからない。ギージットンもシェリンダも、その後黙ったままハルとニーナへ目を向ける。

「もー何やってんのよ! 何でこんなところで寝てんの!? なんで、なんで息してないのー!?」

 ニーナはハルの肩を揺さぶりながら、叫び声をあげた。

「なんでこんな冷たくなってんのよっ! バカじゃないの…? いつもみたいに、すみませんって、早く謝ってよっ……早くー」

 ついに瞳から大粒の涙を溢れさせながら、返事を返さないハルの体を揺さぶり続ける。その光景を見つめていたシェリンダとギージットンは顔を見合せ、頷きあった。

「ニーナ」

 シェリンダは立ち上がると、ニーナへと近寄っていく。

「ハルのバカー! もう、なんでアンタってそうなのよー! 普段溜め息ばっかついてるから、幸せ、逃げちゃったんじゃないの!? 起きてよハルーーー!」

 だが、その声は聞こえないのか、泣き喚きながらハルの胸へ拳を落とした。それでも、ハルからはなんの反応も返ってこない。

「ハルのバカドジ間抜けー!」

「ニーナっ!」

 叫びながらまた彼の体を揺さぶり出したニーナの肩を掴む。ニーナは驚いて、弾かれたようにシェリンダへ顔を向けた。

「泣かないの」

 シェリンダの、ピシャリとした声が降り注いだ。ニーナは一瞬目を見開いてから、目を細めてまた涙を溢れ出させる。

「だっ、て…ハル…ハルが…」

 嗚咽混じりに、シェリンダを見上げながら声を溢した。シェリンダは小さく頷くと、しゃがみ込んで、彼女の顔を両手で挟み込む。

「わかってるわ。でも、今はダメ。泣くのは後になさい。あなたは、ゲルゼールなのよ」

 その言葉に、ニーナは嗚咽だけ上げながら、悔しそうに顔をくしゃくしゃにした。シェリンダは頷いてから、ゆっくりと彼女を抱き締めてあげる。

「辛いこと言ってるのはわかってるわ。でも、隊員の前で私たちは泣いてはダメなのよ」

 シェリンダの優しい声が、耳から脳へと伝わってきた。

「今は隊長も居ないの…。私達がしっかりしなくちゃいけないのよ」

 ピゼットは、暫くは目を醒まさないだろう。自らの傷を抉るような行為、それによる魔力の乱用で精神体へのダメージも酷いはずだ。それに肉体ダメージも重なり、恐らくは2・3日は眠り続けることになるであろう。

 だから、ゲルゼールが隊を支えねばならない。上の不安は直接下へ響く。ウィクレッタの意識喪失、ゲルゼール一人の不在。アンケル以下の隊員達には、それだけで大きな不安になるはずだ。だから、せめて残ったゲルゼールだけでも、毅然とした態度で隊員達を安心させてあげなければならない。

 ニーナにもそれは理解出来ていた。仲間の死を悲しむ行為を責めているわけではない。だが、立場上今はまだ悲しんではいられない。理解は出来ているし、その通りだとも思っている。それでもと、彼女は首をふるふると横に振る。

「ゴメン…でも…私無理だよぉ…」

 止めようとしても、どんどん涙が溢れてくる。大切な仲間が死んでしまった。隊長も、生死をさ迷うような重体で、悲しみと不安で心が潰されてしまいそうだ。

「ゴメンね…ゴメンね…」

 謝罪を重ねながら、ひたすら止まらない涙を流し続ける。彼女の痛みがわかるから、シェリンダはこれ以上彼女を諌めることもできず、頭を撫でることしか出来なかった。胸の痛みは、ニーナだけのものではない。自分もギージットンも、そしてピゼットだって抱えているものなのだ。

「シェリンダ。取り敢えず隊長とハルを車に連れていく。ニーナには付き添ってもらって、俺たちは他の隊員の手助けに行こう。まだ、向こうでは戦闘が続いてる…」

 ギージットンはピゼットの体を抱き抱えて傍までやってきた。シェリンダはギージットンへ顔を向けてから、彼が目を向ける先へと視線を移した。遠くで、隊員たちは未だテロリストとの交戦を続けている。

「そうね、そうしましょう。ニーナ、それでいいわね? あなたは車の中に居なさい。隊長の容態と、ハルの事、任せたわよ」

 まだ泣き崩れてるニーナの肩を持って彼女から少しだけ離れながら、彼女の顔を覗き込んだ。ニーナは目を真っ赤にしながら、小さく何度も頷く。

 シェリンダはそれを見て、手を貸して上げながらニーナを立ち上がらせた。ギージットンは逆にしゃがみ込み、ハルの体を担ぎ上げる。

「ハル…」

 やはり、ハルの体は既に熱をなくし始めていた。死後硬直も始まっているのか、思うように抱えられない。一度ピゼットを地に寝そべらせ、ハルの体をキチンと抱え直してから、またピゼットの傷を労るように優しく担いだ。

「《示すべき道を駆け抜ける》」

 シェリンダはニーナの体を支えつつ、ギージットンの腕に触れ呪文を唱えた。自分に触れた物は魔法効力の対象となり、一瞬にして全員で車の中へと移動する。

 シェリンダはニーナを椅子に座らせ、ギージットンはピゼットとハルを椅子に寝そべらせた。

「じゃぁ頼んだぞ、ニーナ」

 ギージットンはふぅっと一息ついてから、ニーナへ目を向ける。

「うん…ゴメンね……情けなくてゴメンね…」

 ニーナはまだ大粒の涙を落としながら謝罪を重ねた。

「いいのよ」

 シェリンダはそんなニーナを一度優しく抱き締めてから、ギージットンと共に外へ出る。

「行くぞ」

「えぇ」

 そしてお互い頷き合うと、隊員達の元へと駆け出した。

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