消えず、残る
目の前の黒い何かの進撃を魔法で食い止めていたジュイは、リーフェアルトが斬られる、まさにその瞬間を見つめていた。何もできずに、何かを叫んだリーフェアルトが、容赦なく降り下ろされる刀の餌食となるのを視界にとらえる。
「リーフェアルト!!」
彼女の名を叫んでも、リーフェアルトはこちらへ目を向けず、ピゼットへすがるように手を伸ばしたまま地へと倒れこんだ。リーフェアルトの真っ赤な血を見て、ピゼットの顔が歓喜に歪む。恐ろしい、残虐な色を込めた、歪な笑顔。
青緑を持つ彼女が、じんわりと赤い色に染まっていく。瞳ではなく、存在が。
「…消えなさいっ! 《我が守りの光により貫かるるは暗擔たる雲》!!」
ジュイは残った魔力を、黒きもの達へ解き放った。同時に、彼女の体から目も眩む光が溢れだし、光線のように周りを一気に照らす。
その光を浴びた黒いもの達の体から、一気に炎が燃え上がった。地に降り注ぐ光も炎を上げだし、一気に一帯が火の海と化す。
だが、そんな中でも黒いもの達はもがきながらもジュイへと迫って来た。ジュイは思わず舌打ちをする。
その時だ。ヴォンッと言う、古い機械の電源を立ち上げた時のような、妙な音が辺りに響く。突如空間に亀裂が走り、そこから黒い靄が噴き出してきた。
「ピゼット隊長っ!」
その靄から、非常に大柄な男と、薄ピンク髪の一部をツインテールにした少女が飛び出してきた。
「ファンタズマの増援っ!?」
それを見て、ジュイは目を見開く。よく見れば、遠くで戦うテロリスト達の方にも、続々と増援がやって来ていた。
黒いものは相変わらず溢れている。ピゼットは、倒れるリーフェアルトではなく、動き回る自分を見ていた。その視線から気付いたのか、やって来た二人も自分を見ている。だが、二人の表情はこれから戦う自分への殺気とは違うものを纏っていて、不可思議な雰囲気に眉を潜めた。
だが、この現状は良くない。何より、リーフェアルトをあのままにはしておけない。
(…アイル様…ごめんなさい…)
心の中で愛する男への謝罪を投げ掛けると、魔力を込め出す。
「ファンタズマの増援さん?」
魔力を纏いながら、クスリと微笑み、新たにやって来た人物達を見た。
「9番隊副隊長、ギージットン・クルーバーだ」
「同じく、ゲルゼールのニーナ・クロエーツ」
短く、見つめあったまま名を述べる。
「そう。ごめんなさいね」
小さく頷いてから、彼女は魔力を放った。
同時に、先程までリーフェアルトの傍にいた筈のピゼットがいつの間にか背後に迫っていた。飛び上がり、リーフェアルトにもそうしたように、ジュイを引き裂こうと刀を降り下ろす。
「もう相手してあげられないのっ!!」
叫ぶと、ピゼットに向けて無加工の魔力を放った。刀に当たって、爆発する。その爆風に、飛び上がっていたピゼットの体は軽く後方に吹き飛んだ。
「《我は世界の旅人》」
放たなかった分の魔力を練って、素早く呪文を唱える。すると、ジュイの体は溶けるように姿を消した。
ピゼットは着地と同時にリーフェアルトの方へ目を向ける。ゲルゼールの二人もそちらへ目を向けると、ジュイが突如リーフェアルトの傍に姿を現した。
「今日は引かせてもらうわ」
リーフェアルトの腕を肩に回すと、妖艶な笑みを浮かべる。だが、ピゼットは一気に彼女に向かって駆け出した。ゲルゼール達も、逃がしはしないと言うように魔力を込め出す。
「《白蛇の牙は真偽の裁き》」
「《泡沫の悪夢に沈むように》」
一気に魔力を練ると、それを解き放った。
ギージットンの念唱で、頭だけで1mはありそうな巨大な白蛇が姿を現すと、ジュイとリーフェアルトに向かって勢いよく飛び込む。そして、ニーナの魔法で2人の足元が急に泡立った。透明な水が、彼女達を中心に噴き出して、水の牢に閉じ込めようと襲いかかる。
「《示すべき道を駆け抜ける》」
だが、ジュイは冷静に呪文を紡いだ。同時に、二人の姿はその場から消えてしまう。誰もいなくなった空間に大蛇は突撃し、鞭のように襲う水もまた、地に突撃して弾けた。
ピゼットは、標的が居なくなった為に地に足を擦らし、摩擦の力で勢いを殺す。そして、じっと先程までジュイ達がいた場所を見つめた。
「逃げたかっ…くそっ」
ギージットンは顔をしかめ、同じく何も居なくなった空間を見つめる。
「ギージットン…それよりヤバいよ…」
ニーナはすでにそちらは見ておらず、立ち尽くすピゼットの背を見つめていた。
「ああ、そうだな…。鈴が無くなってる…」
ギージットンもピゼットへ目を向け、刀の鍔を見る。普段そこで澄んだ音を鳴らす鈴の姿はなく、その鈴を吊るしていた布だけが、引きちぎれたような跡を残して巻かれているだけだった。
「さっきの悪魔模造の子達も居たし、やっぱスイッチ入ってるよね…?」
怯えた表情を見せながら、ニーナも目を反らすことが出来ない。敵が居なくなったと言うのに、彼らの空気は寧ろ固さを増していた。
「俺たちの援護が遅れたのが原因だ…」
ギージットンも汗を流しながら、立ち尽くすだけのピゼットを観察する。動きが無く、ただじっとしているだけだった。
緊張に心音を高鳴らせながら、ギージットンはちろりとピゼットから目を反らす。辺りは地が抉れたり、焼け焦げたりと、散々な有り様だ。
よほど激しい戦闘を繰り広げた事は簡単には伺える。そのだがその中で、見慣れた物を見付けて、思わず目を見開いた。
「ハル…」
そこには、地に横たわったハルの体があった。地が辺りに滲んでおり、微動だにしない体を見て、嫌でも現実を突き付けられる。
「そんな…」
ギージットンの声を受けて、ニーナもそちらへ目を向けた。ここに居るはずのない彼が、すでに血の気の失せた顔で倒れているのだ。
「ハルっ!」
思わず、叫んだ。同時に、ピクリとピゼットの肩が動く。
「ニーナ!」
ハルの元へ駆け出そうとしたニーナの肩を、ギージットンは無理矢理引っ張った。同時に彼女の体を抱え込みながら自身も横に飛び込んで、襲い掛かってきたものの斬撃を躱す。
「まずはこちらだ!」
体勢を立て直すと、襲い掛かってきたものへ視線を移した。そこには、先程まで呆けていたピゼットの姿。
「死んで」
着地と同時に刀を構え直すと、歪な笑顔を携えながらピゼットが刀を向けてきた。
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