届かない思いと言葉
 袈裟懸けに肉の裂ける感覚が襲ってきた。同時に、脳に痛みの信号が駆け巡る。

 自分の体から赤が舞う。振り切られたピゼットの刀が、リーフェアルトを袈裟懸けに刻んだ。

 涙に霞んだ視界に、狂喜に歪んだピゼットの顔が見える。血を見て、歓喜しているのだ。

 遠くで、ジュイが自分の名を呼ぶ声がした。だが、自分の名を言葉として認識出来なくなりつつある。ただ、狂気に染まるウィクレッタへ、痛みを抱えながらゆっくり手を伸ばした。

 なのに、彼の顔が遠くなっていく。体が、意思に反して地へと吸い込まれているのだ。どさりと倒れて、それでも、まだ手を伸ばし続ける。

「なんで…?」

 言葉を発すると、喉から生暖かいものが込み上げてきた。堪えることも出来ずに吐き出すと、少し粘りけのある血液が、口から溢れ出す。痛みは、もう感じなくなっていた。

「世界、は貴方を…見捨てたのに……」

 もう興味がなくなりつつあるのか、ピゼットの瞳が反らされる。それでも、リーフェアルトはなんとか最後まで言葉を続けた。

「どうし、て…こんな世、界を…守ってるの…?」

 意識が体に戻る前に、たくさんの情報を見させられた。

 彼が生まれた村は、酷く平凡な村だった。しかし、その年はたまたま万物の氣が調和を乱し、荒れたのだ。それは自然災害を引き起こし、自然は人間の営みなど意図も容易く破壊していく。まるで、突如悪魔が現れたかのように。

 神父はそれを悪魔の仕業と決めつけた。村は神の信仰が強く、神父の言葉は多大なる影響を及ぼす。故に、村人は誰も疑うことなくこの自然現象を悪魔のせいだと見なしてしまった。

 氣のエネルギーが災害を起こすことで消費され、ちょうど調和が戻ったときに、たまたま生まれたのがピゼットだった。故に、神父は悪魔が入り込んだと誤解し、村人は一途にその言葉を信じた。

 偶然と決め付けのために、幼いピゼットは死なない程度に生かされ、悪魔が中に居るからと大人たちに言われ続けた。何も知らない彼が、自分の中には悪魔が居るのだと思い込むのも無理からぬこと。

 大人たちに悪魔が居ると言われ、自らもそれを信じてしまい、彼は心の中に、自分の中に居ると言われる悪魔を、長い年月をかけて作り上げていってしまった。村人たちが恐れているような、残虐で、村を襲う恐ろしい悪魔。自分をこんな目に合わせた悪魔への恨みもまた、悪魔の人格形成に一役買っていただろう。言わば、彼は神父や村人が想像する悪魔を、自らの別人格として育んでしまったのだ。

 その膨れ上がった人格が表に出たとき、彼は魔力を爆発させた。扱い方も知らない魔力は心に出来上がった残虐さだけで暴走し、自らを拘束する鎖と塔を破壊したのだ。

 そして人格の暴走のままに、蔑んだ神父を殺し、村人を襲う。それは、神父や村人が信じた悪魔の姿そのものだった。
 あの黒い何かは、ピゼットが産み出した悪魔のイメージのようなもの。悪魔であると疑わない彼の心が魔力に反映され、形成された異形物だった。

 そんな魔を暴走させたピゼットが村を壊滅させるのに、さして時間は掛からなかった。

 なんとかピゼットから逃げた村人は国に助けを求め、この事態を危惧した国はファンタズマへ悪魔退治を依頼。ファンタズマの1隊が、この任務ために派遣された。

 魔に精通しているファンタズマが、事情を聞いてピゼットの中に悪魔なんか居ないことに気付くのは容易なことだっただろう。悪魔は術者との契約によって悪事を働く。どう見ても、今回のはただの自然災害だったのだ。

 だが、悪魔を模した人格を持つ少年には、悪魔と言っても納得出来てしまうほどの魔力を生まれ持ってしまっていた。それもまた、この悲劇を生む要因にもなっていただろう。

 野放しには出来ない。けれど、この哀れな少年を殺すのはあまりにも無慈悲だ。ファンタズマは、この狂気を宿した幼い少年を引き取ることに決めたのだ。

 そうしてフォスターに入団したピゼットは、全てを聞かされることとなる。ピゼット自身、知っているのだ。ホントは自分の中に悪魔なんて居なかったこと。だが、成された仕打ちにより自分の中に別人格を作り上げてしまったことも。

 彼がこの人格を消しきれなかった事は、今の現状からわかる。それほどにまで心を蝕んだのは、今の世界なのに、なぜ、彼はその世界を守るために戦うのか。

 リーフェアルトにはわからなかった。ただ、悲しくて心が潰れそうだった。心が同調して、彼がこんな人格を嫌っていることも、恐れていることも、全部全部伝わってしまったから。

「なん、で…?」

 リーフェアルトの瞳から、また涙が溢れる。だが、ピゼットにもジュイにも、その問いは聞こえなかった。

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