神父の言葉
 暗い暗い闇の中。空腹感だけが生きていることを伝えてくれる。
 リーフェアルトは真っ暗な中に座り込んでいた。寒い空間に体が悴む。だが、体がうまく動かせないのはそのせいだけではないらしい。首に金属の首枷が嵌められ、そこから伸びた鎖が両手首を固定する手枷へと繋がっていた。
 だらりと伸ばした足首にも枷が嵌められ、両足も鎖で固定されている。

 金属が冷えきって、冷たかった。幼く、細い体に、枷は重くて辛かった。

 色を失った唇がかたかたと小刻みに震える。呼吸は途切れ途切れで今にも消えてしまいそう。それでも、生に食らいついていた。

 がチャリと扉が開く。明かりが漏れてきたそちらに目を向けると、少しふとやかな女性が睨むように立っていた。

 ──ああ、この人知ってる…

 脳裏に、記憶が甦ってくる。この人は、おばあちゃんだ。

「生きてるかい?」

 孫を見るとは思えない冷めた視線を送りながら、女は自分を見てきた。返事をしようと声を出すも、微かに音が漏れただけに終わる。

「ふんっ。神父様がアンタを退治する許可をくれたら直ぐ様殺してやるのにね。アンタの中に巣食った悪魔を外に出さないために閉じ込めて生かし続けなけりゃいけないなんて、全く面倒だよ」

 そう言いながら手にしていた木製の皿をどかりと床に置く。中には、湿気たパンが2切れ入っていた。他には、何もない。

「さっさと食べな」

 ズイと差し出したパンを、無理矢理口内に突っ込んでくる。かさかさしたそれはとても飲み込みづらくて、弱った喉が侵入を拒絶する。飲み込みたいのに、体は意思に反して咳き込むことでパンを吐き出させた。

「コイツっ……! 人がせっかく親切に飯をあげてるってのになんだい!?」

 顔を真っ赤にすると、女は容赦なく自分の頬を叩いた。悲鳴を上げる力もなく、壁に叩き付けられる。自分を繋ぐ鎖が、重い音を響かせながらじゃらりと落ちた。

「ふんっ! 食いたくなけりゃ食わなきゃいい」

 女はその様を見て意地悪い笑みを浮かべると、皿を蹴り飛ばす。湿気ったパンが、地面にぺちゃりと転がった。

 それを、虚ろな目で見つめる。別に汚いとか、そんなの関係なかった。食べ物がある、それだけが大切な事実で、這いつくばりながらパンに向かった。

「ふんっ! 浅ましい悪魔めっ」

 女はそう言うと、パンに唾を吐き掛ける。そのまま、自分には目もくれずに扉の外へ出ていった。
 バタンと激しい音と共に、光が遮られる。それでも、ズリズリとパンへ這っていき、唾など気にせず、咳き込みながらもそれを手に取る。
 両手で持つと、重い手枷を付けながらもむせることを繰り返しつつなんとか食べた。ジャリッと、口内に砂が広がったが、慣れたもので気になどならなかった。

 暫くすると、記憶が涌き出るように戻ってくる。

 そうだ。神父様に何度も言われた。自分には、悪魔が宿っているのだ。




「この雪深き平和な村に悪魔が現れた。その悪魔は魔の力で自然災害を引き起こし、人を殺し、田畑を荒らした。だが、その災害が急に無くなったんだよ。お前が産まれたときにね」

 幼子に物語を読み聞かせるように、神父である男は語った。胸に十字架を下げ、聖書を手にしたやせ形の男だった。

「悪魔は魔の塊。酷く存在が脆いんだ。悪魔は長く形を保てない。だが、悪魔の存在が消えたときに、キミが生まれ落ちた。つまりそれは、悪魔が丈夫な肉体を手に入れるために、キミに入り込んだと言うことなんだよ」

 胡散臭い笑みを浮かべながら、ゆっくり自分の頬を撫でてくる。

「だからキミは危険なんだ。悪魔は、キミが大きく育つのを待っている。だけど、キミと言う器を失えば、また悪魔は暴れまわり、別の子供に乗り移るだろう。だからキミはこうして縛られて、危なくないように生きていかなくちゃいけない」

 頬を撫で回す指が、ゆっくりと顎に添えられる。

「わかるね? ────」

 自分と無理矢理視線を交えさせるように顎を掴み上げた神父が、言葉尻に何かを言った。それが自分の名であると認識はできたが、良く聞き取れなかった。

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あきゅろす。
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