狂気に溺れる
 ピゼットは勢いよくジュイに刀を降り下ろす。それは、肩に深く食い込み、そのまま袈裟懸けに心臓まで断ち切れるのではという軌道。だが、ジュイの体は動かない。その狂気の瞳に魅入らされたかのように、瞳から目をそらすことが出来ない。降り下ろされる刀も視界に入らず、ただピゼットの瞳から感じる狂気に溺れそうになっていた。

「《孤独は全てを隔離する》!!」

 だが、叫ぶような呪文念唱の後、刀と見えない壁がぶつかり合う音でハッと現実に引き戻された。
 刀が、頭より少し高い位置でスパークに阻まれ、進行出来ずに震えている。

「何してるの! 逃げて!!」

 痛みに腹を抑え、踞りながらも叫ぶリーフェアルトの掠れた声に、ジュイは慌てて刀へ目を向けた。

(リーフェアルトの魔法が…!)

 ピゼットが纏わせた刀の魔力が、リーフェアルトの魔法構成を壊していく。その証拠に、刃がどんどんジュイに向かって食い込んできていた。

 ──長くは保たない

 一瞬でそう判断すると、背後へ飛び込む。本当は四方に囲む魔法だが、リーフェアルトが背後に逃げ道を開けてくれたらしく、何にもぶつかることなく後方へ間を開けた。

 それとほぼ同時に、ガラスが割れたような音が響く。阻むものがいなくなったピゼットの刀が、ジュイが先程いた場所に閃光を描いた。

 ジュイは息つく暇もなく、魔力を練り出していく。

「《黒き雨は鮮血に染まる》!!」

 今度はきちんと魔力を形にすると、念唱を引き金に魔法を発動させた。

 真っ黒な棘が、雨のようにピゼットへ降り注ぐ。飛び上がっていたピゼットは、着地と同時にまた飛び上がり、バク転をしながらその場から下がった。ピゼットがいた場所に、数秒遅れで黒い棘が突き刺さる。

 ピゼットは着地を決めると、間もおかずにまたジュイへと突っ込んできた。広まった距離はまた一瞬にして縮められてしまう。ジュイは慌てて魔力を練り出すと、素早く呪文を唱えた。

「《我は世界の旅人》!!」

 途端に、彼女の体が溶けるように消えてしまう。ピゼットは足を運ぶのを止め、地に勢いよく擦らせた。摩擦によって殺された勢いは、草や土を撒き散らしながらピゼットの体を制止させる。それとほぼ同時に、リーフェアルトが踞るその傍に、ジュイが姿を現した。

「ジュイ…」

「リーフェアルト…ヤバイわあいつ…」

 踞るリーフェアルトには目も向けず、焦ったような声色でそれだけを告げる。リーフェアルトは、ジュイの肩が上下に揺れるのを見つめ、腹を抑えながらフラフラと立ち上がった。

(ジュイの息が上がるなんて…)

 リーフェアルトとは違い、ジュイは戦闘力を以てドリミングの幹部と言う座にいる。もちろんそれだけではなく、アイルへの忠誠心も含まれての事だろうが、それでも彼女は恐ろしく強かった。

 その彼女が肩で息をして、こんなに焦燥を露にしたのは初めて見た。それは、相手がそれほど強大だと言うこと。だが、先程のジュイの様子では、こうなってしまっている要素はそれだけではないような気がした。ヤバイなんて、彼女は言わない。それは、強さ以外の何かを彼から感じたからなのだろう。

「はぁ…はぁ…」

 だが、ピゼットに目をやれば、彼も呼吸が荒かった。やはり、疲労は蓄積されているようだ。その光景を見つめ、思わず眉を潜める。

「ねぇ…、何かおかしくない…? さっきまでと戦い方が全然違うみたいだよね……。確かに凄い魔力の使い方してたけど、今はなんていうか…無茶苦茶だもん」

 開いた間は、少しの制止の時間を産んだ。その隙に、リーフェアルトはジュイに言葉を投げる。

 召喚獣に魔力を与え続けたり、常人じゃ出来ないような魔力の使い方はしていたが、それでもそれは恐らく彼のスタイルであり、実力の高さが伺えただけのこと。
 だが、今は使い方が異常だ。一度崩れたはずなのに、魔力の使用に制御が見られない。常に全力で、こんなんでは枯渇するのは時間の問題。そんな荒く適当な使い方をするのが体に負荷を与えることなんて、ウィクレッタと言う称号を持つものが知らぬはずもないのに。

 だがジュイは、その言葉を聞いても黙っている。緊迫したジュイの雰囲気から、反応しようがなく戸惑っているのを感じ、リーフェアルトもそのまま口を閉じる。

 沈黙が、辺りを支配した。お互いは一歩も動かず、ただ緊迫した空気が辺りを流れるだけ。

「はぁ…はぁ、はぁ…あは」

 だが、そんな中ピゼットの呼吸に変化が現れた。びくりとしながら、その小さな男を見つめる。

「は、ははは…」

 呼吸音に声が乗せられ、次第に声が大きくなる。

「あはははははははははは」

 掌で目を覆うと、突如として高笑いが零れた。その声に、無意識に体がびくりとはねる。異常だ。そう感じるほどの笑い声。背筋が凍るような、冷たい空気の振動。

 それに呆然としていると、ピゼットが掌の隙間から眼球だけをこちらへ向けた。そのギョロリとした瞳に、呼吸が出来なくなる。

 狂気に満ちた瞳は、女たちから全ての動きを奪ってしまった。硬直した世界で、ピゼットだけが世界を動かす。

「ひゃははははははははは」

 その瞳を持ったまま相変わらず高笑いを続けると、顔から手を放し、彼女たちに向かって動き出した。

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