わらいがお
引きちぎられた鈴はピゼットの手から放られ、リンッと澄んだ音を鳴らしながら地に落ちた。ニヤリと不気味に広がったウィクレッタの笑みに、ジュイとリーフェアルトは一瞬呼吸も忘れて立ち尽くす。
「ふふ…」
だが、少しの間のもとジュイの口から笑い声が零れた。
「本気で殺す…? さっきまでふらふらだったくせに何言ってるの? 今はショックで疲労感が麻痺してるんでしょうけど、それだけの話よ。実際蓄積された疲労は、それで消える訳じゃないのはわかるでしょ?」
冷めた視線を送りながら、不適に微笑むウィクレッタを見つめる。
だが、ピゼットは目を細めただけで笑みは崩さない。逆にジュイがその表情に顔を歪めた。
「行くよ」
ピゼットは短くそれだけ言うと、二人に向けていた刀を一閃し、タンッと勢い良く地を蹴り飛ばす。すると、先程ヘバっていたとは信じられないスピードで、一気に間を詰めてきた。
驚愕。だが、それは先程体感していたために自分の動きを止めてしまうほどの衝撃は受けない。ジュイとリーフェアルトは後ろに飛んで詰められる間を広げると、同時に魔力を練り出す。
「《焔は大蛇となりて生贄を求める》」
「《放たれし夢は牙を向く》」
互いに迎え撃つために呪文を唱えた。
炎で出来た巨大な大蛇と、真っ白なレーザーがピゼットに向かって放たれる。
だがピゼットは、それを睨んだまま刀に魔力を纏わせた。それを横に凪ぎ払うように振るうと、触れてもいないのに、大蛇とレーザーは弾かれたように形を壊してしまう。
「うそっ!?」
「何ですって…!?」
その光景に、二人は驚いて目を見開く。二人の魔法を一気に掻き消すほどの膨大な魔力がまだ彼に残っていることも、掻き消されてしまったという事実も、何もかもが衝撃の対象だ。
ピゼットはそのまま勢いを殺さずに突っ込んでくると、ジュイに向かって刀を振り上げた。なんとかその軌道を、重心を後ろに倒すことによって躱すが、直ぐ様ピゼットから第2撃が放たれて、息つく暇もなくそれも躱す。
「《絡めらるる牢獄は荊の袋手》!!」
ジュイに集中しているピゼットを見て、リーフェアルトはすかさず呪文を唱えた。途端に、ジュイに振り上げようとした刀の刃に荊の蔦が絡まる。それを合図にしたように、地面から大量の蔦が勢いよく伸びてくると、彼を縛り上げようと襲い掛かった。
だがピゼットは、表情1つ変えずにその光景を見つめる。敵に挟まれた状態で、しかも武器は捕らえられているのに、焦りの様子1つ見せない。自らに迫り来る蔦の群れを見つめながら、蔦にグルグルに捉えられた刀を握る力を込め、降り下ろした。
すると、刀はスパンと軽快に蔦を切り落とし、簡単に解放されてしまう。刀の刃に魔力を纏わせ、魔法を相殺しながら切り裂いたのだ。
そのまま襲い来る蔦も切り裂くと、信じられないと目を見開き、隙が生まれたリーフェアルトに一気に詰め寄る。そのまま、勢いよく彼女の腹に足を蹴り込んだ。
「うぶっ!!」
突きのように鋭い蹴りが食い込み、リーフェアルトは体をくの字に折り曲げる。そのまま後方に吹き飛ばされ、背中から地面に倒れ込んだ。
「このっ…!!」
ジュイはそれを見て魔法を発動しようと魔力を練り込む。だが、直ぐ様向きを変えたピゼットが、魔力を纏わせた刀を振り上げた。すると、まるで刃が延びたかのように、魔力が彼女に襲い掛かってくる。
魔力の波動を肌で感じたジュイは、魔法の発動をやめ、込めた魔力を目の前に放った。魔力同士をぶつけることによって、魔力の相殺を図る。ぶつかりあった魔力は爆発し、突風を産み出しながらエネルギーを外に逃がしていった。
その突風を突っ切って、ピゼットはジュイの前で飛び上がり、刀を降り下ろそうと構える。そのピゼットの存在に気付き、ジュイもピゼットを見上げた。
その時、二人の目が合った。
その瞬間、ジュイの体が凍り付く。目の前に居るのは、本当に先程まで自分達が相手にしていたウィクレッタなのだろうか。
脇腹から血を溢し、足から飛び上がった反動で血飛沫が舞っている。だが、その痛みも感じないというように吊り上げられた、笑みを作り出す口角。
そして見つめ合った瞳に写し出されていたのは、狂気の快楽。仲間を殺した自分を見ている、目が合っているハズなのに、感じるのは血に飢えたような感情だけ。
殺したい、その感情を快楽として認識しているような、狂気に歪んでいる。その瞳を携えて、狂ったような笑みを浮かべていた。
──壊れてしまった。
初めて会ったウィクレッタに対して、ジュイはそんな感想を抱いた。それほどまで、先程と纏う雰囲気が違いすぎて、戸惑いを通り越した恐怖が頭をもたげる。
止まったようだと感じていた時間が動き出した。
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