怒りのツボ
 ジュイの背中に、赤い筋が刻まれた。
 それでも、前のめりに躱そうと動いた体で地に転がると、受け身を取ってピゼットから距離を置く。背中の傷は浅く、若干血を溢したものの、溢れでるほどではなかった。

 だが浅くとも、やっと敵に一撃入れられた。少しの手応えにピゼットはふぅっと肺に溜まった息を吐き出す。だが、目の前のジュイの様子に目を見開いた。

「わた、しの…体に、傷……なんて……」

 わなわなと体が震えている。それは、痛みのためではなく、明らかなる怒り。沸々と怒りのオーラを纏うように魔力が身体中をひしめき出す。
 俯いた顔からは表情は読み取れない。だが、戦闘慣れしたピゼットですら背筋が寒くなるのを覚えるほどの怒りを、彼女の全てから感じとることが出来る。

「私の綺麗な体に何してくれんじゃっ!」

 怒りに己を染めた彼女が、血走った瞳をピゼットに向けた。同時に、魔力が鎌鼬のように押し寄せて、ピゼットの軽い体が吹き飛ばされそうになる。

「んっ…!」

 なんとか踏ん張ろうと足に力を入れたとき、脇腹に激痛が走って顔を歪めた。また汗が額から吹き出すが、痛みに構っている場合ではないと、ジュイを見つめる。

「あんたなんてぐしゃぐしゃにしてやるわっ!」

 ジュイは咆哮のような叫びと同時に、地を思い切り蹴飛ばした。

「デソルト!」

 ピゼットの掛け声を受け、デソルトはまた素早く鎌を振るう。そこからまた大量のゾンビを産み出すと、ジュイに向かって飛び掛かった。

「邪魔よウジ虫共!!」

 だが、ジュイは叫ぶと同時に扇子を思い切り横に振る。すると、飛び掛かったゾンビの頭にその扇子は直撃し、爛れた頭を吹き飛ばした。

「いっ!?」

 ピゼットはその光景に思わず目を見開く。彼女はそのまま次々に扇子だけでゾンビ達を叩き潰していくと、血糊でべちょべちょになった扇子を、最終的にピゼットに向かって投げ付けた。

「うわっ!」

 扇子とは思えぬスピードで迫ったその攻撃を、背を反らすことでなんとか躱す。そのままバク転をして体勢を立て直して、直ぐ様ジュイへ視線を向けた。

 だが、自分の目の前に影が出来てることに一瞬だけ体が固まる。すぐ目の前にジュイの姿があり、冷や汗が頬を流れ落ちた。

「地に跪かせてあげる」

 彼女の、抑揚のない声と共に、手が降りおろされて来た。ほぼ反射的にそれを重心を後ろにずらすことによって躱すと、彼女の手はピゼットの体をとらえ損ねて地へと向かう。

 そのまま地へと叩き付けられた反動で、地面が大きく陥没した。同時に、回りの土が行き場を失い、勢いよく盛り上がる。土の礫がピゼットの頭に当たり、思わずよろめいて尻餅を付いた。

「はっはっ…!」

 間一髪で躱した後の惨劇を見つめ、思わず息が上がる。
 土の塊が当たった場所を押さえながら、直ぐに立ち上がろうと足に力を込めた。ジュイは怒りで魔力を暴走させているようだ。溢れる魔力を身体中に纏わせ、彼女はまさに今自分自身が兵器。タピスのステップダンスより精度は低いが、それでも脅威なのは変わらない。

 だが、そう分析して立ち上がろうとした瞬間、視界が大きく揺れた。平行感覚がなくなって、そのまま無様に地に倒れ込む。

「はぁっはっはっ…」

 一度座り込んだ足は先程とは違いまるで棒のようだ。いつの間にか指先が冷えきっている。こんなに動いて暑いはずなのに、体は次第に冷めていった。言葉を発するのすら億劫で、何が起きたかわからない状態の彼は荒い呼吸を繰り返す事しかできない。

 それでも手に力を込めて、なんとか常態を持ち上げる。だが、それ以上がどうしても運べず、さらに視界が揺れてまた地に転がった。

 体が、もう限界だと悲鳴をあげ出す。崩れた意識は、魔法の形成を崩し、弾けるようにデソルトは消えてしまった。

「あは…あははははは! 無様ね無様ね!」

 ジュイはその様子を見ると、高らかに笑い声を響かせた。ピゼットはそれでもなんとか起き上がろうともがくが、一度伏してしまった体は自分の物じゃないように言うことを聞いてくれない。

「惨めに死になさいよっ!」

「ジュイストップ!」

 ジュイは極限まで魔力を纏わせた手をピゼットに向かって降り下ろした。遠くから成り行きを見つめていたリーフェアルトは、慌てて駆け寄りながら声を投げる。
 だが、付いた勢いは止まらない。先程地面を粉砕したよりもさらに多い魔力を纏った手が、真っ直ぐにピゼットに降り下ろされた。

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あきゅろす。
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