異常事態


「異常なし、だな……」

「ですね。敵に動きはなし。まぁ日が高いっていうのも理由にあるかも知れませんが」

 その頃、ギージットンと9番隊アンケルであるエルゴは、イージフィルの町並みを見つめながら呟いた。

 イージフィルの街は相変わらず明るく活気に満ちている。町中に配備した隊員からも、吸血鬼らしき者の情報は入ってきてはいない。

「それもあるかもしれないな。ファリバールさんの目撃情報も夜だったしな。まぁいつ来るかわからん敵だ。隊員達を周り、気が緩んでないか確認しに行こう」

 ギージットンはエルゴの言葉に頷きながら、待機しているため隊員達の気が抜けていないかどうかを確認しようと足を進めた。エルゴも「はい!」と返事をすると後をついて来る。

 その時だ。ヴォンッと言う鈍い音が耳に飛び込んできた。2人は驚いて顔を音のした方向へ向ける。すると、急に何もない筈の空中に亀裂が走った。そこから、黒い靄が小さく広がる。

 この靄は空間移動魔法。そのことをいち早く理解した2人は、靄から数歩後退して身構える。それとほぼ同時に、何かが凄い勢いで飛び出してきた。

「あれはっ!」

 その飛び出してきたモノを見つめ、ギージットンは瞠目する。それは良く見知ったモノで、優雅に羽ばたくと、ギージットンの傍でひらりと旋回した。

「あれはピゼット隊長の…!?」

「あぁ、ポジだ!」

 出て来たのは赤い羽をした小さな鳥。良く知った、隊長が生み出した召喚獣の1つだ。
 身構えるのをやめ、ギージットンは人差し指を出した状態で手を構える。そこにポジは優雅に降り立つと、ぱかりと嘴を開いた。
「ピゼット隊長っ!」

 ギージットンはその開いた口の中に向かって声を投げかける。

『あ、ポジそっちに着いた? よかったー! 今ちょい忙しいから早口になるけど用件告げるね』

 すると、口の中からピゼットの声が聞こえてきた。

 ポジとネガ。これは2対で1体の召喚獣で、口を通して音を伝えることの出来るものだ。戦闘力はないが、このように離れた相手への連絡手段や、敵の情報を探る場合などに使用される。

「忙しいって、そちらに吸血鬼が!?」

『うん、そう。しかも吸血鬼さんの正体がドリミング幹部とか言うオチ付き』

 その言葉に、2人は目を見開いた。

「じゃぁ今隊ちょ…」

『そう交戦中。しかも2人とね。他にもテロリストが居て隊員達はそっちに掛かり切りになっちゃってるからさ、他部隊にも状況伝えて至急こっち来てくんない?』

 ギージットンの言葉を遮ると、ピゼットの早口な言葉が繰り出される。その後、何かが爆発したような大きな音が聞こえた。

「わ、わかりましたっ! 大至急伝えますっ!!」

 ギージットンは事の次第を読み取ると、早口で言いながら頷く。

『あ、それとハルの隊には連絡とらなくて、いいからっ!!』

 ピゼットは動き回っているらしく、聞こえた声は強弱がついて振動していた。だが、その言葉の意味が飲み込めずに、ギージットンは顔をしかめる。

「どういう…」

『理由は後っ! ちょっと今マジキツイから急…』

 その時、まだピゼットの言葉が続いていたにも関わらず、ポジが急にボンっと言う音とともに煙のように姿を消してしまった。その事態に2人は目を見開く。
 今の消え方やタイミングから見て、ポジが消えたのは恐らく対である召喚獣のネガが消されたからだ。戦闘中なら確かに召喚獣が敵に消されるのはおかしくない話だが、召喚者がピゼットであると言うことに驚きを覚える。離れた場所で戦っている召喚獣ならまだしも、ピゼットが傍に置いているネガが消されたとなれば、事態の深刻さは明白だった。

 エルゴも状況の悪さが伝わったようで、真っ青な顔をしながら目を見開き、ポジが先程までいた空間を見つめていた。

 ピゼットは普段「キツイ」なんて言葉をアンケル以下の隊員の前では吐いたことなどない。いつも飄々と物事をかい潜ってきた隊長からのその言葉は衝撃だったようで、額に汗を滲ませながら硬直していた。

「エルゴ!」

 その様子を見て無理もないとも思いつつも、大きな声で彼の名を呼ぶ。エルゴはその声にハッとすると、目を見開いたままギージットンへ勢いよく顔を向けてきた。

「状況が良くなさそうなことはわかったな!? 俺は別隊へ連絡をするから、お前は街に居る隊員達へ連絡し、至急ベールーガへ向かってくれ! 俺も連絡が付き次第隊長の補佐へ向かう!」

「か、かしこまりましたっ!」

 やっと状況を飲み込みきれたらしいエルゴは、バッと敬礼をすると、隊員達に伝えるために走り出した。

「ピゼット隊長…ご無事で」

 ギージットンは小さく呟くと、魔力を練り込み始める。各隊のリーダーへ連絡を取るために、情報魔法を発動した。

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