新たなる対峙
どうしようかとうんうん悩んでいたリーフェアルトは、はっとしてハルとピゼットへ顔を向けた。
声が、消えてしまった。
今までざわざわとした深い悲しみの声が聞こえていた。それなのに、突然電源を落としたようにプツンと、音が途切れてしまったのだ。
見つめると同時に、ハルの体が前に倒れ込む。どさりと、力無くその場に伏してしまった。
いつの間にか召喚獣も消えており、体を縛っていた蔦が無くなっている。その事態にも気付けずに、まっすぐハルを見つめていた。
――だめ、そんなの、だめ
念じるように呟いても、ハルの体はぴくりともしない。
――ダメだよ、貴方がいなきゃ…――
立っていたピゼットが、崩れるように座り込んだ。そして、倒れ込むハルへと手を伸ばす。
――貴方がいなきゃ…私、戦えないじゃない
地に体を伏せたまま一連の動作を見守る。広げていた手を、土を巻き込みながら力いっぱいにぎりしめた。
「ハルっ!」
ピゼットは倒れ込んだハルの傍にしゃがみ込むと、彼を抱き上げた。瞳を固く閉じたハルが、ぐったりとした状態で抱えられる。
ピゼットが取った方法は至ってシンプル。魔法を相殺するには、それ以上の魔力を送り込んで主導権を奪い、消し去るという、難しい事など何もないもっともシンプルな方法。相手の魔法より自分の魔力の方が上でなければならないが、ウィクレッタともなればこれが効かないケースなどはほぼないに等しかった。
しかし、ピゼットが実行にためらったのは魔力の性質のためだ。
他人の魔力と言うのは、人体にはいい影響を齎すことはない。人体に存在する魔力の色は1つ。そこに別の色が混ざれば混色し、魔力が乱れる。魔力が人体に悪いというのはそのためだ。
回復魔法ですら、使い方を誤れば害になるのだ。だから回復魔法の使用は困難とされ、その魔法の殆どがAランク以上に位置していた。
今回は血を媒介に魔法を発動させている。つまり、直接血に魔力を入れて相殺させねばならない。ただでさえ悪影響なそれは、ハルの血の中で暴れ回り、殺し合う。自分と違う魔力が2つも暴れれば、ハルの体に影響が出るのは避けられない。
だが相手は禁忌魔法。正直、余裕などないに等しかった。選択肢など用意されていなかったのだ。いや、用意されていたとしても、知らないことを選び取ることは出来なかった。
力を無くし、自分の腕の中でじっとしているハルを見て、ピゼットはぐっと唇を噛む。
「俺にもっと知識があれば良かったのに…。こんな形でしか救えなくてゴメンね……」
目覚めたハルの体は大丈夫だろうか。どこか、機能に支障をきたしてはいないだろうか。
リーフェアルトの魔力量がわからなかった為にかなりの量の魔力を送り込んでしまった。量が多ければ、それだけ体には毒だ。これしかなかったとはいえ、恐ろしいことをしてしまったという思いが胸中を駆け巡る。
「ちょっとリーフェアルト!!」
そんな時、ジュイの苛々した声ではっとした。
そういえば、ハルへ魔力を送り込んだ時、反動で召喚を消してしまったのだ。阻むものが居なくなったジュイは、リーフェアルトの元へツカツカと歩くと、無理矢理体を起こさせた。
「いったいどうなってんのよ! あのゲルゼールは!?」
焦りと怒りが表になった表情で、ヒステリックに叫びながら尋ねる。
「声が、繋がりが…」
耳元で叫ばれても、リーフェアルトは呆然とした表情のまま呟いた。ジュイは苛々したように歯を噛み締めると、思い切りリーフェアルトを突き飛ばした。
「何やってんのよ馬鹿!!」
怒りの形相で叫ぶと、魔力を込めだす。
「…っ! ジュイだって私の援護で来たんでしょ!? 何やってるはそっちじゃんっ!」
尻餅の体勢からがばりと立ち上がると、こちらも金切り声で叫んだ。
「ふざけんじゃないわっ! 責任転嫁もいいとこよ! あんたホント他力本願な戦闘スタイルよね! もう少し自らを律したらどうなの!?」
「責任転嫁って、私だけのせいじゃないでしょー!? 」
お互い一歩も引かないと言う気迫で睨み合う。ピゼットは、自分に意識が向かないように細心の注意を払いながら小さく呪文を唱えた。
「《描かれた夢は生を受け自由を手にする》」
呟くような念唱の元、ぽんっと2羽の鳥が姿を現した。掌ほどの小さな鳥は、それぞれ真っ青と真っ赤な姿をしている。2対で1つの召喚獣だ。青い鳥の方は不安そうな、赤い鳥の方は気の強そうな顔をしていた。
「ポジ、今から魔法を発動するから、それに乗ってギージットンの所へ行って。ネガは危ないから俺から離れないでね」
ぽそぽそと呟くと、青い鳥と赤い鳥を見つめる。2羽はそれぞれ頷くと、青い鳥はピゼットの肩へ、赤い鳥は音もなく高く舞い上がった。
「《開くべき道は光を見出だす》」
囁くような呪文と共に、空に亀裂が走った。黒い靄が広がり、闇に染まる回廊を生み出す。
その魔力の波動で、ジュイとリーフェアルトははっとして空を見つめた。同時に、真っ赤な鳥が闇に溶けて消えていく。
「今のは!?」
リーフェアルトは驚いて目を見開いた。
「あのさ、俺、忘れられると少し寂しいな」
空を見つめていると、下から声が聞こえる。見つめれば、そこには気配を殺し、いつの間にかすぐ傍にいたピゼットの姿。体勢低く飛び込んで来た彼は、刀を勢いよく抜き取った。
「このっ!」
ジュイはリーフェアルトにぶつけてやろうかと思っていた魔力の球を、その抜き撃ちの斬撃にぶつける。魔力の球に刃が食い込むと、小さな爆発を起こして、3人を後方へ軽く吹き飛ばした。
3人は同時に地を擦り、着地をする。
「そうね。貴方を忘れるのは失礼だったわ」
ジュイは顔を上げると、妖麗に笑んだ。リーフェアルトの駒は居なくなったが、元々自分達の目的はウィクレッタ。ゲルゼールではない。
じっと、目の前の青年を見つめる。少年のような風貌をした、恐ろしい力を持ったウィクレッタ。
だが、疲労が先程よりも見て取れるのもまた事実。その事象が、彼も同じ人間なんだと安堵感すら与えた。
呼吸は荒く、声の張りも少し失われているように感じる。肉体と精神にダメージを負い、2体の召喚獣に魔力を提供しながら自らもゲルゼールと戦っていたのだ。その前に、幾多ものテロリストとの戦闘もこなしている。疲労が蓄積されているのは無理からぬこと。むしろ、まだ立っている事実の方が感服に値するほどだ。
だが、相手の疲労はこちらの有利でしかない。にっと微笑むと、幼く見えるウィクレッタを見据える。
「あなた大分体にきてるみたいだし、遠慮せずに行かせてもらうわよ」
「こっちも、素直にやられやしないかんね」
お互い笑い合うと、同時に地を蹴り付けた。
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