願を篭めた一撃
 ドリミングの2人を自らの召喚獣に任せたピゼットは、まっすぐハルへと足を向けた。焦点があっているんだかすらも定かでない虚ろな瞳がこちらへ向けられる。
 いつも弱気な色を映していたのと同じものとは思えない、感情の見えない瞳。その目を見ているとやるせなくて、きゅっと下唇を噛んだ。

 ハルはピゼットを迎え撃とうと魔力を練り出す。ヴァンパイア マジックに操られても魔法が使えるらしい事は先程槍を砕かれた時点で把握済みだ。武器を無くした今、彼の主力はこの魔力攻撃。ハルの打撃がそこまで強くない事は知っている。ただし、魔力を込めた打撃には注意は必要だ。

「ちょっと荒治療だけどゴメンね」

 そういうと、ピゼットは刀を鞘に素早く納め、魔力を練りはじめる。ハルは無表情で身構えてから、構成した魔力を放ち出した。

「《地獄の番人は万人を捕らえる》」

 弱々しさのかけらもない念唱。それと共に、ピゼットの足元の地面がぼこりと盛り上がった。

 勢いよく地を蹴って前方に飛び込む。それと同時に、数多の武器が、刃を上にした状態で地から突き出した。
 前転しながら体勢を立て直すと、間も置かずに走り出す。すると、そこからも刀や槍といった大量の武器が、ピゼットを串刺しにしようと地面から突き上げて来た。

 それを素早く走りながら躱し、ハルの目前へと迫る。目の前まで来ると、地を蹴って高く飛び上がった。術者の目前に迫った武器たちは突き上げるのを止めて霞のように消えていく。

「歯ぁ食いしばってねっ!!」

 声を上げると、宙で器用に身を捻ってハルの頭に回し蹴りを食らわした。腕で直ぐさまガードに入るも、少しタイミングが合わず、防ぎきれずに体を横に倒す。

(見付けたっ!)

 その時だ。首筋にちらりと見えた、蚊に食われたような赤い腫れが2つ。恐らく、これはリーフェアルトの噛み跡。

 手を伸ばして触れようとするも、体勢を立て直したハルに距離を置かれてしまった。伸ばした手は虚しく空を掴んで、思わず舌打ちをする。

「《それは我が命により動きを捕らえる》」

 抑揚のない声に続いて、一気に地面が凍り付いた。そこから、氷の柱が突き上がる。空中にいる今のピゼットに躱すことは不可能。

 たが、ピゼットに触れる前にその氷の柱は軽快な音を立てて砕け散った。氷の無くなった地面に着地を決めると、にっと笑みを広げる。

「ハルは強いけど、残念ながら俺のが強いからね。無加工の魔力ぶつけるだけでも魔法構成を壊すことくらい出来るよ」

 言うと、だっと勢いよく地を踏み付け、ハルへ突っ込んだ。

「ちょっと痛いけど我慢ね!!」

 ハルの前で前に飛び込んで両手を地に付ける。その勢いで足を高く振り上げると、ハルの首へ絡み付けた。そのまま右手を軸にし、左手を振り子がわりにして体を捻る。すると、ハルの体はピゼットの体の捻りに引っ張られて傾いた。そこから、勢いよく地へ足を振り下ろす。バランスの崩れたハルは、逆らうことも出来ず、ピゼットの足に引かれたまま地に叩き付けられた。

 素早く足を外すと、剥き出しの傷口へ手を伸ばす。しかし、またしても横に転がりながら躱され、触れることが出来なかった。

「あぁ…もうっ…!」

 それを見て、悔しさに思わず声が漏れる。出来るだけ早期に決着を付けたいのに、焦りばかりが心に積もった。
 召喚獣2体に魔力を共有している分、なるべく魔法の使用は抑えたいところ。あまりそれも長引けば魔力の大量消費は免れない。
 だが、簡単にはいかないのもまた事実。彼は、ファンタズマのゲルゼールなのだから。

 心を落ち着けようと、深呼吸をする。汗が額からこぼれ落ちて、手の甲へと落ちてきた。
 呼吸を落ち着けようとするも、疲労が積もっているためか一行に変化は見えない。こうしているとじんわりと痛みが脳裏に広がってきて、更に呼吸が乱れる。

 呼吸を整えるのは諦め、ピゼットは前に足を踏み出した。体術ばかりを続けていても疲労が積もるだけ。自分とハルの事を考えても、なんとか早期に行動を起こすべきだ。

(次がラストチャンスってことで! しっかりやってね、俺!)

 気合いを入れると、ハルへ向かって行く。ハルはまた魔力を込め出した。

「《大地の嘆きは女神の悲嘆》」

 呪文を紡ぐと同時に、足元が急にぬかるみ出す。走っていた足がずぽりと、勢いよく地に埋まった。

「わわっと!」

 沈んだ足に魔力を集中させ、勢いよく飛び出す。魔力を少し爆発させれば、勢いで高く飛び上がることは可能なのだ。

 宙でくるりと器用に回転すると、静かに魔力を練る。

「少しくらいはやむなしってね。《我は流れる風のように》!!」

 呪文と共に、背後から風が吹き付ける。その気流にうまく乗ると、一気にハルの背後に回り込んだ。
 一瞬の隙をつき、首筋で目立つ傷口に触れる。

「ハル! 元に戻って!!」

 願いを込めて叫ぶと、その傷口から自身の魔力を一気に送り込んだ。

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あきゅろす。
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