想定外続き
(うわっ…どうしよう…!!)

 一方、まっすぐ自分に向かってきたリーフェレットを見て、リーフェアルトは焦った。

 リーフェレットはぴょんぴょんと飛ぶように跳ねながら迫ってくる。蔓のような右腕を振りかぶると、こちらを打つような動作で大きく振った。すると、急に手が長く伸び、鞭のようにしなりながらリーフェアルトへ迫った。

「やんっ!」

 その一撃を何とか躱すと、空振った鞭は勢いよく地を粉砕する。尻餅を付きそうになるも何とか堪えると、リーフェアルトは魔力を練り込んだ。

「《孤独は全てを隔離する》!」

 呪文を唱えると、左腕を同じように振り回そうとしていたリーフェレットの周りに見えない壁が出現する。敵を隔離した別空間に閉じ込める魔法だ。
 振り回した左腕が、見えない壁に弾かれた。想像外の場所で弾かれた反動で、リーフェレットは小さな体を後ろに倒れ込ませる。

「よ、よかった」

 ふぅっと安堵のため息を付くと、体勢を立て直してリーフェレットを見る。良くできた召喚獣だ。感心に値するその魔法を前にしながら冷や汗を拭う。

 実の話、リーフェアルト自身に大した戦闘力はない。幹部に居るのは、一重に"ヴァンパイア マジック"のお陰。他彼女の武器といえば、気配を殺した素早い動きくらい。
 魔法自体は普通の戦闘に参加出来るくらいは扱えるし、攻撃を躱したりする身体能力や洞察力も持ち合わせてはいる。

 だが、一つ問題があるとすれば"ヴァンパイア マジック"を発動中は著しく魔法の使用が制限されてしまうことだ。別の人間に命令を下したり、その人間の思考が流れてきて魔法発動に集中することなど出来ない。正直、気が散って自分の戦闘に集中することすらままならないのだ。

 だから、普段は命令する人間からは目を離さないし、命令する人間に自分を守ってもらうのだ。強い駒がいればそれで十分だった。

 それなのに、これは想定外だ。

 駒から離され、その駒へ命令を下すことをやめるわけにもいかない。こういう事態に備えてジュイが居たのに、ジュイとも引き離されてしまった。3対1の戦況の筈だったのに、いつの間にか3対3になっていたのだ。

 でも、慌てたがなんとか魔法を発動できた。こうして閉じ込めておけば、ハルの元へ行ける。ホッとすると、ハルとピゼットの元へ行こうと足を踏み出した。

 その時だ。パキンっとガラスが割れるような、高く軽快な音がリーフェレットの居る場所から鳴り響いた。

 驚いて視線を向けると、彼女を前後で挟むように地面から突然太い蔓が2本伸びて来た。その蔓から、植物が成長するように幾重もの蔦が伸びて来て、彼女を包囲するように絡み合う。
 逃げ場を無くしたリーフェアルトはハっとしてリーフェレットへ目を向けた。そこには、両腕を地面に突き刺したリーフェレットの姿。普通、空間遮断で包囲してしまえば地面からだろうが空からだろうが、攻撃は遮断空間の外には届かない。つまり、破ったのだ。ただの召喚獣が、人間の魔法を。

 それは決して驚く事ではない。各魔法の最高ランクには必ず召喚魔法が存在し、その召喚獣は己の意思で行動し、攻撃する。その召喚獣の思考レベルは術者の力量に応じて変化するが、それでも魔法を破ることくらいは出来る。一番一般的な行動、魔力を注ぎ込むと言う動作でだ。

 だが、この召喚獣はものが違う。意識は持てても、行動パターンは術者ありき。ばらばらに行動しているから、恐らくこの行動は全て予めインプットされたもの。術者の魔力を使用し、魔法に閉じ込められた際に発動するように仕組まれたプログラム。

 驚くべきは他にもある。一般の召喚獣は魔法自体が魔力を持って生まれてくる。つまり、召喚獣が放つ魔法は召喚獣の中にある魔力が使用されるのだ。肉体自体が魔力の塊なため、己の体を使って魔法を放つ。ある程度減り、体が構成出来なくなってくると、術者が魔力を再度送り込んで体を再構築するか、そのまま消し去るかを選択出来る。
 しかし、この召喚獣たちはこのシステムも違う。体の構成に使われる魔力はあくまで体を作るもの。魔力は魔法を発動する都度術者から魔力を借りる形で使用される。それが通常のこの魔法の使い道、つまり、術者は召喚獣のみに戦わせ、命令を下すだけの立場なら他の召喚魔法とあまり差異はない。他の召喚魔法に比べ、一度に使用する魔力が少ない上に、体構成に使用された魔力は召喚獣が破壊されない限り減らないからだ。
 今回の場合、レオルットを召喚した際の魔力は、レオルットを消した際にまたピゼットの中に戻って来ている。だが、ハルにレオが破壊された際は、その魔力は空気中に四散し、消費されてしまったのだ。つまり、この召喚獣は己の意思で消し去るか、破壊されるかしない限り永続出来るのだ。

 しかし、こうなると話は違う。術者と召喚獣が別々の戦闘を始めると、今度は一度に使用する魔法の量が急増してしまうのだ。今回のように2体も使用していれば更に増す。1度にいくつもの魔法を同時使用することになるのだ。

 以前のチルデとブリーヴァの戦闘で、氷の世界を作った中で戦うのとはまた条件が違う。あの時は1つ1つを別々のタイミングで放っている。だが、今回の場合は、全くの同じタイミングで複数の魔法を使用することだって有り得るのだ。そうなった場合、普通の発動より体の負担になるし、自分が思ってもみないタイミングでどんどん魔力が減っていくのだ。下手をしたら、魔力を垂れ流すかの如く使用し続けなければならなくなる。

 そんなギャンブル的な戦いが出来るのは、それができる自信があり、なおかつ実力が追い付いているから。

 ぞっとしていると、伸びた蔓が彼女の体に勢いよく絡み付いてきた。逃げる間もなく、細い体にたたき付けるように蔦が食い込む。

「あぁっ!」

 痛みで悲鳴を上げると、そのまま急に地に引かれ、たたき付けられる。

「うぐっ!」

 庇うこともできず、思い切り左頬を打ち付けた。がつーんと言う痛みに顔が歪む。

 この召喚獣の魔法、ジュイなら簡単に切り裂く事ができただろうに。

(この子をこっちに向けてきたのもちゃんと計算ってわけね。ただ名前が似てるからじゃなかったんだ)

 心に余裕を作ろうと、なんとかふざけた事を考える。ずんと重い痛みが体を走るが、慌てるのはこれからの為にあまり良くない。精神により構成される魔力が、精神が乱れた状態でうまく発動できるわけなどないのだから。

 しかしこの状況は頂けない。今の自分でどこまで行けるかなんて賭けに出るには相手が大きすぎる。

(どうにかしてよジュイー…)

 痛みを堪えながら、少し楽しんでるようにも見えるジュイへ、恨めしそうな瞳を向けた。

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あきゅろす。
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