実態
「はぁっ…」

 ドクドクと脈打つ全身から汗が吹き出し、熱を放つ。荒い呼吸を少しでも落ち着けようと、ピゼットは1つ深呼吸をした。

 正直、今の彼は焦っていた。

 ハルを無事に解放する手立てが全く思い付かないし、考える暇もあまり与えてもらえない。1人に手を出そうとすれば残りの2人が邪魔しにくるから、徐々に数を減らすことも出来ない。
 そんな環境が焦燥感を生むが、焦ったところで余計に頭は空回りをするばかり。堂々巡りの自問自答を繰り返すばかりで、打開策なんか生まれて来ない。

 もう1度、ゆっくりと深呼吸をする。2体の召喚獣を見て、少し敵が怯んだ今が落ち着くチャンスだ。

 本当のことを言うと、この2体の召喚獣にはそこまで高い戦闘力があるわけではない。元気な状態ならこの2体も万全な状態で生み出せるし、もっと強力な召喚獣もたくさんイメージを持っている。だが、今はそこまで精神状態が安定していなかった。

 この召喚獣を呼んだ本来の目的は、攻撃ではなくハッタリ。魔法を使う者ならこの魔法の難しさは承知済みだろうし、普通、この状況なら精神状態が不安定になるのは容易に想像がつくはず。

 その状態で召喚獣を2体出せば、想定外の事実に怯むと踏んだのだ。案の定、敵は動きを止めてこちらの様子を伺っている。

(落ち着け…落ち着け…)

 深呼吸をしながら、自分に言い聞かせる。深い呼吸を繰り返していると、少し落ち着いてきた。脇腹の痛みは感じない。痛みを意識の外に追いやる訓練は受けてきたし、今は意識をそちらに向けている余裕はなかった。考えなければいけないこと、やらなければいけないことが目白押しだ。痛がっている暇はない。

 元来回転の早い頭は、この少しの間でも急速に回って行く。自分がやるべきことを整理し、出来る範囲での打開策を打ち出していった。

「ふふふ。欲しいな」

 その時、高い声に考えが途切れた。ふと顔を声の方へと向けると、リーフェアルトがこちらを舌なめずりしながら見つめてきている。その表情に、ぞくりと背筋が冷たくなった。

 とろんとした瞳は真っ直ぐにこちらに向けられており、頬は僅かに紅潮している。うっとりとした表情の中で、赤い瞳だけが不気味な色を醸し出していた。
 贅沢なご馳走を目の前にしたかのように舌なめずり、笑う。正直、気味が悪いその様子に鳥肌が立ったほど。

 ちらりとジュイへ顔を向ければ、これまた彼女も笑みを携えていた。リーフェアルトほど己の世界に入り込んだような不気味さはなかったが、確実にピゼットの中に少しの焦燥感は首を擡げていた。

(欲しいって、どいうこと…?)

 怯むどころか、喜んでいる。その状況が理解できずに、急いで物事を順序だてて考える。
 ウィクレッタを叩くつもりなのは容易に察しがついていた。だが、欲しいとなると意味がわからない。だいたい、叩くつもりなら今のこのハッタリは有効打なはずで、怯ませこそするものの、喜ばせるものではないはずだ。敵が強ければ、それだけ叩きづらくなるのは当然のこと。
 自分の召喚獣を見て、嬉しそうに笑う敵。意味がわからずに考えていると、ある考えに行き着いて、思わず目を見開いた。敵が強ければ嬉しい。そしてリーフェアルトの能力。少し冷静になった思考で考えれば、敵の目的の想像がついてしまう。今までだってかいていたはずなのに、今になって額から零れた冷たい汗の存在を妙に感じた。

「……俺を…人形にするつもり……?」

 1つ浮かんだ可能性に、少し余裕そうに見せるために、口角を上げながら尋ねる。だが、自分が発した言葉にさらにリーフェアルトの口元が弧を描いた。

「キャハハハハハハハハハハ!」

 突然大口を開けたかと思うと、天に向かって高笑いを始めた。そのあまりにも異様な声に、思わず表情が固まる。

「そうだよぉ。私たちの狙いは大きな大きな、ウィクレッタと言うモノを手に入れること」

 笑いが止まると、ぐるんとこちらへ顔を向け、相変わらずとろんとした瞳で見つめてきた。その笑い声に、言葉に、生み出していた笑みは既に消え去っている。

(まずいまずいまずい――…)

 そんな言葉ループして、焦燥感が煽られる。自分を手に入れることが狙いなら、悠長なことなんて言ってられない。自分がハルみたいな状態になれば、ファンタズマ全体に関わる問題だ。自分が強いとか、そういう問題ではない。ウィクレッタと言う名前が与える影響は、テロリストだけでなく、ファンタズマにも絶大だ。もしウィクレッタが敵の手に落ちたとなれば、ファンタズマ内に走る動揺は計り知れない。それほど、ウィクレッタと言う存在は大きいのだ。

 以前、テロリストとの抗争でウィクレッタが命を落とすことがあった。ウィクレッタを失った隊が立ち直るには、相当の時間がかかる。それに、別隊にもかなりの動揺を与えるのだ。

 これは本格的にまずいことになったと、下唇を噛み締める。

 疲労があり、決して軽くない傷もある。痛みを考えないようにしたって、血が止まるわけでも疲労が消えるわけでもない。確実にピゼットの体力を蝕んで行く。

 肉体だけではなく、精神面もダメージを受けていた。
 ハルを奪われ、彼が指揮した小隊は恐らく全滅。仲間を失う悲しみは、彼だって感じている。ハルを確実に救える方法もわからないし、焦燥感ばかりが胸を支配する。

 こんな体力と、こんな精神状態で、自分1人で切り抜けるなんて絶対無理だ。一瞬、そんな弱気が頭を過ぎっていった。ダメだ、と頭を振ることで無理矢理追い出す。

 ウィクレッタが隊に与える影響は大きい。自分の弱気は、直接隊の士気にも関わってくるほど。

 ふぅっと一度息を吐き出すと、目の前に居る2人の女を見つめた。

「残念ながら、俺は簡単には捕まらないよ」

 にっと笑うと、刀を構える。同時に、彼を守るように立ちはだかる2匹の召喚獣が淡く輝き出した。

「ウィクレッタ、嘗めないでね!」

 口を開くと同時に、踏み込む。それと同じタイミングで、イルカのような召喚獣は空を泳ぎジュイヘ、リーフェレットも足を踏み出しリーフェアルトへ、そしてピゼットはハルに向かってそれぞれ踏み出した。

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