"ウィクレッタ"と言う者
 刀を振り上げると、突っ込んだ勢いのまま振り下ろす。ジュイはその斬撃を躱すと、大きく扇子を横に振った。すると、巻き起こされた風が襲ってくる。ピゼットは足を踏み込むと、高く跳躍し、1回転をしながら距離を開けた。

 今の風で右頬が切れた。貼っていたテープがぺろりと中途半端に剥がれたので、そこからいっそのこと全て剥がしてしまう。

「あいった…」

 ピッと勢いよく剥がすと、地味な痛みが襲ってきた。

 先程の風は呪文念唱はなく、ただ魔力を放っただけの物。ジュイ自身も突発的な行動を躱す為だけだったのか、威力はほぼなく、テープの下の薄皮が1枚切れた程度のものだった。

 テープを捨てると同時に、前に飛び込む。すると、今居た場所にハルの槍が突き刺さった。
 前転をして体制を戻そうとすると、魔力を集中させたジュイがすぐ傍に立っている。

「《押し流す力は他者を薙ぎ倒す》!!」

 呪文と共に、また大きく扇子を横に振った。同時に、瞬時に風が鋭利な刃物のように地を裂いて襲い来る。

「《我は世界の旅人》」

 それでもピゼットは冷静に呪文を紡いだ。途端、彼の姿は空気に溶けるように消え失せ、誰も居なくなった地面を風が裂いて通り抜ける。

「ちっ!」

 ジュイは舌打ちと共に扇子を畳むと、辺りを見回した。

「どこどこー?」

 リーフェアルトもキョロキョロと周りを見回す。ピゼットの気配は完璧に消え去り、3人以外の姿は見当たらない。

 今の魔法は空間移動魔法の一種だ。短距離を一瞬にして移動するもの。100m以内しか移動が出来ないが、出てくるタイミングは術者が好きに選べるのだ。

 いつ何処から出て来るか、それは術者しかわからない。辺りを見回して、いち早く反応するしか手はないのだ。キョロキョロと2人は周りを見回す。

 その時、ハルがリーフェアルトに向かって急に走り出した。リーフェアルトは驚いて、勢いよく後ろを振り返る。

 その瞬間、刀の刃が視界に飛び込んできた。背筋が泡立って、慌てて前に飛び込む。それと同時に、頭上を勢いよく刃が通り過ぎていった。

 刀が振り切れるとほぼ同じタイミングで、ハルが槍を構えて突っ込んでくる。ピゼットは刀は振り切ったまま、転ぶように態勢を崩した。槍は頭上を通過し、片手で地面に手を着き、腕立て伏せをするような態勢になる。

「ゴメン」

 早口でそれだけ言うと、片手だけでその状態から逆立ちをし、ハルの槍を両足で絡めとった。そのまま地面に着いた片手を軸に体を仰向けになるように横に捻る。絡められた槍は、その足の動きに引かれ、ハルの手を捩る形となった。そのままハルの体は槍に引かれて地を滑り、横に倒れ込むように飛び上がる。ついに槍から手を放すことになるも遅く、横向きに崩された体はそのまま肩から地面に叩き付けられた。

 ピゼットはその動作の流れに逆らわずにうまく槍を足に挟んだまま着地をする。素早くその槍を地に付けていた方の手で掴むと、立ち上がり様に走り出した。

「《手にした意思は力を手に入れる》」

 だが、目の前には既に閉じた扇子を振りかざしたジュイが居た。呪文を唱えるとともに、その扇子を勢いよく振り下ろす。ピゼットは反射的に手にしていた槍と刀を頭の上でクロスさせてその扇子を受け止める。その瞬間扇子にしては異質な、キィンッと言う金属音が響き渡った。
 ただの扇子が、鉄のような硬度を持っている。今のは物体の硬度を上げる魔法。まともに食らったら、頭が割れていたことは想像に難しくない。

「《放たれし夢は牙を向く》」

 何とか受け止められはしたが、今度は高く甘い、リーフェアルトの声が耳に飛び込んでくる。力に任せて槍と刀を振りジュイを押し込むと、そのまま前に倒れ込んだ。その瞬間、頭上を真っ白な光の球が弾丸のように通過していった。
 倒れ込んだ状態のままジュイに目掛けて槍を突く。それをジュイはバックステップで躱すと、バッと扇子を広げた。

「《押し流す力は他者を薙ぎ倒す》!!」

 呪文と共に扇子を振る。またそこから風の刃が襲い掛かってきた。
 寝そべった態勢のピゼットは、起き上がるのは早々に諦め、すばやく横に転がり込む。すれば、脇腹ギリギリを刃が通り抜けていった。

 転がった状態から素早く起き上がると、今度はハルがいつの間にか目の前に迫っていた。魔力が集中しているのか、輪郭がぼやけた手をこちらにまっすぐ突いてくる。それを槍の柄の部分で受け止めるも、槍が手に簡単に砕かれてしまった。

「わっと!」

 驚くも、慌てて背を反らすことでその手を躱すと、そのままバク転をして距離を取る。

「《描かれた夢は生を受け自由を手にする》」

 着地前に早口に呪文を唱えると、ピゼットの目の前から巨大なイルカのような生物が飛び出してきた。目の前に突如現れたその生物に、ハルは自ら詰めた距離を離すこととなる。

 新たに召喚されたもの。外観はほとんどイルカだ。だが、色が若干水色がかっており、宙にふよふよと浮いていた。2本の金色に輝くリングに体を通しており、背鰭の端がレースのように薄く、風にそよいでいる。鰭の先にはまるでピアスのようにルビー色の宝石が付いたリングがついており、そこから布のように揺らめく水のベールが垂れ下がっていた。

 そして、さらにその背中にはリーフェレットが乗っている。リーフェレットはイルカの背中から飛び降り、2匹がピゼットを守るように3人の前に立ちはだかった。

「……さすがウィクレッタと言うところかしら…?」

 ジュイはそれを見て不敵な笑みを浮かべる。
 この"ストーリーサモンズ"は召喚獣の細部までイメージしなければ形を成さない魔法。1匹を作るのにもかなりの技術が要求される。ましてや、1度の魔法で2体も生み出すなど、普通に出来る技ではない。それに、魔法というのは精神面も大きく関係してくる。大量のテロリストを相手にしたあと、仲間に攻撃され、怪我を負い、それだけで体力面も精神面も相当なダメージを負っているはずなのだ。確かに、召喚獣の後ろに居るピゼットは肩で息をしており、疲労と痛みは隠しきれない。それなのに、一切動きも魔法の質が落ちていないのだ。
 正直思う。目の前の小柄な男は本当に人間なのだろうかと。

 だが、それがファンタズマのトップに立つ人間、ウィクレッタと言う存在なのだろう。だからこそ、わざわざ出向いた価値があると言うものだ。

「ふふふ。欲しいな」

 リーフェアルトは頬を染め、微笑む。うっとりとした瞳でピゼットを見つめながら、ぺろりと、美味しそうな料理を目の前にした子供のように唇を舌で舐めた。

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あきゅろす。
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