策略に落ちて


「ハル…?」

 人形…? どういうことだ…?

 よく見れば、首筋に傷がある。歯形のような、

 はっとして少女を見ると、目が血のように真っ赤だった。そうだ、そう言えば吸血鬼は目が赤かったはず。

「キミが…吸血鬼の正体…。町で起こっていた失踪事件の犯人…?」

 ホントにそうだとしたら、これはいただけない展開だ。息がつまりそうになりながら尋ねた。蓄積された疲労でドクドクと体中が脈打って少し苦しい。傷口が痛みと共に熱を持ちだして、くらくらしてきた。考えただけでも嫌だ。ハルが? まさか。もしそうだとしたら、ハルの小隊はどうなったのだ? 悪い予感だけがどんどん脳内を駆けめぐる。

「そうだよ。私たちは今、駒が必要なんだ。こうやって一般人をさらって私に擦るのと同時に、大きな駒を手に入れるために罠を張ってたの」

 にっと広がった笑みが残酷な色に染まる。あぁ、最悪の結果だ。目の前が暗くなりそうだった。一般人に比べ、ファンタズマの鍛えられた兵士なら、駒としても実力が現れるであろう。さらにゲルゼールだ。その戦力は計り知れない。

「ハルの…小隊は…?」

 結果は、なんとなく予想できた。すでに、ハルは大量の返り血を浴びている。この血は、恐らく。

「ハルさんと一緒に皆殺しにしてきたよ〜。犬たちの驚き戸惑う姿…楽しかったなぁ〜」

 幸せそうに頬を染めながら、彼女はなおも微笑んだ。その答えにギリッと下唇を噛む。

「ねぇ。私のお仕事は、もっと大きな物なんだ〜。だから…」

 台詞と同時に、バッとハルの足が動き出した。

「殺し合ってよ!!」

 動きに気付き、反射的に刀を構えたが、振ることなんて出来るはず無い。ハルの槍が胸めがけて飛び込んできた。それを転がるように躱すと、痛みを堪えて走り出す。

 考えろ! 何か、何か方法を……!!

 必死に頭を回転させて、なにか打開法を考えるためには時間が必要だ。だが、人の中に行くわけにはいかない。ハルと隊員達を会わせるわけにはいかないからだ。
 とにかく今は逃げ回って、時間を稼ぎながら考えるしかない。

「ねぇ。そんな逃げてるだけじゃつまらないわよ」

 その時、吸血鬼の少女とは違う、別の女の声が聞こえた。はっとして声の方を見ると、自分と同じスピードで女が走っていた。ピンク色の髪をして、真っ赤な唇が印象的。豊満な胸を見せびらかすように胸元を開いた着物を着た女性。

「可愛い隊長さん。私も相手してくださらない?」

 くすりと妖艶に微笑むと、手に持っていた扇子を広げる。その扇子の周りに魔力が渦巻いているのを感じて、慌てて魔力を練り込んだ。

「《押し流す力は他者をなぎ倒す》!!!!」

「《描かれた夢は生を受け自由を手にする》!!!!」

 ほぼ同時に呪文を唱えると、女性は勢いよく扇子を振った。そこから鎌鼬のような風が巻き起こり、地面を切り裂きながら襲ってくる。
 同時にピゼットの前には魔力が渦巻き、召喚獣が姿を現した。
 目を花びらのような飾りで隠し、ドレスを着込んだ貴婦人の召喚獣。手を大きく開くと、目の前に気流が恐縮し、それを一気に放出する。放たれた気流の玉は女性が生んだ風にぶつかり、相殺した。

「お相手って…できればご遠慮したいな…」

 苦笑いを浮かべながら、ずくずくと痛む傷に顔が歪む。どこか冷めた頭で、あぁこの人セルの好みだなぁとか思いながら、新たに現れた女を見据えた。

「断られちゃ困るわ。あなたを狩るために来てるんだもの。わざわざ幹部が二人動いてんだから相手してよ」

 にっこり微笑みながら、パタパタと扇子を仰ぐ。

「幹部…?」

 女性が発した言葉に眉を潜め、ぐるぐると頭の中で考えが紡ぎ出されていった。

「そうだよ。私たちはドリミング5人の幹部のうちの2人。私はリーフェアルト・ヴァーミリアで、そっちのおばさんがジュイ・ロディアーシャだよ〜」

 よろしくねぇっとにっこり笑顔を作る少女は、ハルに寄り添いながら自己紹介をした。

「コラ!! 誰がおばさんだ誰が!!」

 ジュイは急に眉をつり上げ、口元に皺を作りながらものすごい形相でリーフェアルトを睨む。

「ジュイのこと言っただけなのに!」

 嫌だこわい〜っとハルの後ろに隠れながらも、くすくすと笑っていた。

「ドリミング…幹部…」

 あぁそう言えばケイルがそんなこと言ってたな。あぁ何も一気に攻めてこなくても良いでしょうに…。

 内心ため息をつきながら、それでも笑顔は崩さない。

「じゃ、ちょっとその体使い物にならなくなるまで遊んでくれる?」

 可愛い大きな目で微笑みながら、リーフェアルトの命令を聞いたハルが素早く地を蹴る。まだむっつりした顔のジュイも、扇子を構えて魔力を練り始めた。

「あぁマジで最悪…」

 嘆きにも近いつぶやきを零してから、刀を構える。とりあえず、ハルに今は危害を加えられない。打開策も考えていないうちに、傷つけるにはまだ早いと思った。
 ならば女性二人を叩くしかない。痛む傷も後押しして、面倒な戦闘になりそうだ。ファンタズマの人員は、他のテロリストの相手に全てを割いてしまっている。こちらへのヘルプは望めそうにない。

 とにかく、彼女たちはウィクレッタを叩く気で来たことは間違いがない。あの大量のテロリスト、そして数箇所での失踪事件は、人員を裂いて自分を1人にするための策略。

「こりゃ…いただけない」

 まんまとはまってしまった。なんとも悔しいではないか。
 とにかく、今は1人でこれを全て切り抜けなければいけないのだ。誰かが他の班に応援を頼んでくれていることを願いながらも、まずはジュイに向かって突っ込んだ。

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あきゅろす。
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