攻め入る軍勢



 なんだか寒気がして、ハッとピゼットは顔を上げた。もう町長への挨拶も済み、今は警備の真っ最中だ。そんな時に、なんだか背筋に何か冷たい物が走ったのだ。なんだ、と周りを見回してみるが、怪しい気配はない。

「どうしました、隊長」

 アンケルの男が、首を傾げながら少し様子がおかしいピゼットを見つめる。

「いや、うん…。なんでもない」

 曖昧に笑顔を浮かべてごまかしてから、何となく空を見た。晴れていた空が、遠くの方から黒い影に変わるのが目に入る。

「天気、崩れるのかね」

「あ、でも雨は降らないらしいですよ」

 傍にいたバーサーカーの女は、その雲を一緒に見ながら言った。たまたま天気予報でも見たのだろう。

「そっか。よかった」 

 雨が降るのは、あまりにいい気がしない。この背筋の悪寒はなんなのか。
 良い感じではなかった。自分の勘は良く当たるのだ。この任務、なにか大変なことが起こりそうだ。

「ま、気を引き締めて頼むね」

「はい!!」

 だが、上の不安というのをあまり下に伝達する物ではない。トップに立つ者が揺らぐと、下はそれだけで不安になる。慣れた調子でいつもの様子を振る舞うと、周りにいた隊員達は同時に返事をしながら頷いた。

「隊長!!」

 その時、頭上から緊張した声色が響く。全員で一斉に声の方へ向くと、慌てた顔をしたアンケルの女が凄い勢いで空から落ちてきた。魔法で空を飛んできたのだろう。その割には荒い呼吸を繰り返しながら、早口で言葉を紡ぐ。

「大変です!! 西の方から軍勢が…! 情報魔法を駆使した結果、恐らくテロリストです!!」

 その報告を聞いて、一瞬で場に緊張が走った。

「あら〜。今隊が割れてるのをどこかで聞いたのかなぁ〜? お早い行動ですこと」

 ちょっと皮肉を込めて、にやりとピゼットは微笑む。ただの失踪事件からテロリストとの抗争にまで発展するとは、つくづく面倒な任務だ。

「全員戦闘配備!! この状況じゃ仕方ないね。町に迷惑を掛けないように、全員町の外で迎え撃て!!」

 吸血鬼で忙しいときにと内心舌打ちしながら、吸血鬼捜索を中断して真っ向勝負に出る。傍にいた隊員達は頷くと同時にさっさと行動に移し、伝令に来た女は皆に伝えますとだけ言い残してさっさと空へ飛び立っていった。

 ピゼットも愛刀を帯に差し直すと、魔力を込め出す。

「《描かれた夢は生を受け自由を手にする》」

 呪文と同時に、激しく魔力が渦巻く。それが1つに固まっていき、形をかたどる。それが色を持ちだしていき、巨大なカメレオンのような生物が完成した。

「レオルット、ダッシュ!!」

 その召喚獣の名を叫びながら背中に飛び移ると、レオルットは音もなく道を駆け始めた。先に移動していた隊員を猛スピードで追い抜き、自らが先陣を切る。町の人たちに少しでも迷惑にならないように、途中で飛び上がると、壁と壁を飛び渡りながら移動した。下の方で、自分と召喚獣の姿を見て驚き悲鳴を上げる人々が目に入る。だが、今は問題ないなどと説明している暇はない。その声を背に聞きながら町を抜けた。

 確かに、西からたくさんの人間がやってくるのが目に入る。レオルットは足を止め、ピゼットは背の上で立ち上がると、じっと大軍を睨み付けた。

「《描かれた夢は生を受け自由を手にする》」

 早口で呪文を唱えると、スピーディーに魔力を練りだした。
 魔力が凝縮して、形を作り出す。ポンッという音と共に、赤と青の、2羽の小鳥が姿を現した。
 真っ直ぐ赤い鳥は、目の前の軍勢に向かって飛んでいく。青い鳥の方は、ピゼットの肩に止まり、じっと赤い鳥を眼で追っていた。

 真っ直ぐ飛んでいた鳥は、軍勢を目の前に空へと舞い上がる。敵の頭上に来ると、ゆっくりと口を開いた。
 それと同時に、青い鳥もパカリと口を開く。その口の中から、軍勢の音が聞こえてきた。足音と、しゃべる声。いろいろ混ざって聴き取りにくいが、いくつか単語を拾い上げることは出来る。

 倒す。殺せ。お国の犬。

 これだけで充分だ。相手はテロリストと見て間違いはない。

「おっし、それじゃお掃除しますか」

 にっと笑みを称えると、レオルットが高らかに鳴きながらまた猛スピードで走り出す。その声が聞こえたのか、テロリスト達は一斉に迫ってくるピゼットに目を向けた。

 どっと、辺りに動揺が押し寄せる。まさか、誰も1人でこの軍勢に向かってくるとは思わなかったのだろう。

「悪いけど、特攻は得意だよ」

 その動揺の声を聞いて楽しみながら、目の前に迫った敵に刀を抜いた。同時に、鍔に付いた鈴が澄んだ音を鳴らす。敵の軍勢に突っ込むと、素早く一番前にいた男の首元をかっきった。

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