虚構の瞳



「…はぁ……」

 車が止まり、中の隊員達が出て行くのを見送ってから、ため息と共に自分も外に出る。情報を考慮して自分で選んだとはいえ、かなり遠い場所が担当になってしまったために、移動で結構疲れる。これから自分が代表で町長に会いに行かねばならないのだ。人付き合いが苦手な彼にとっては、新手の拷問である。それを想像しただけでもげっそりしてしまった。
 正直な話、彼はなぜ自分がゲルゼールなのかも良くわかっていなかった。ゲルゼールという立場に選ばれても相変わらず自分に自信が持てないでいる。それどころか重圧が増えて、更にネガティブ精神に磨きがかかってしまったくらいなのだ。

「お…おいハル大丈夫か…?」

 その車から出てきた表情を見て、1人のアンケルの男が駆け寄りざまに小声で尋ねてきた。彼はアンケル時代の一番の親友で、今も二人きりの場面では友達として接してもらっている。

「クィルテット…お願い付いてきて…」

 1人で挨拶なんて出来るはず無い。真っ青になりながら懇願すると、ため息をつきながら頷いてくれた。

「じゃ、ちょっくら指示出してくるから、今から深呼吸しとけよ」

 今にも吐きそうな状態の背中をぽんぽんと叩くと、クィルテットは走って隊員達の指示を始めた。自分の指示なのに、ハルの指示って事にしている。ハルは声が出ないのは隊員全員が知っていることだったので、不思議がる人もいなかった。

 なんでクィルテットがゲルゼールじゃないんだろう…?

 押し黙って彼の姿を眼で追いながら、さらに心の中にコンプレックスが蓄積されていく。

「よし、行くぞ」

「う、うん」

 指示を終えて戻ってきた彼に頷き、2人で町の中へ入っていった。

 この町はアルバナという。規模は大きく、また大きな商店街があるために他の町から人がやってくることも多かった。
 凄い人通りを通りながら、2人でどこが町長のいる場所だと探してみる。だがどこまで行っても人のにぎわう町並みで、それらしい場所は見つからなかった。

 少し路地に入り込んで、人に揉まれたために少し上がった息を整える。ふと目をやると、路地の人通りの少ないところにもいくつか店があった。そこに、しゃがみ込んで商品を睨んでいる少女の姿が目に入る。

「聞いてみようぜ」

 クィルテットはハルの手を引くと、少女へずかずかと歩いていく。自分に向かってくるのを感じたのだろう、少女はぱっとこちらへ顔を向けた。

 大きな瞳に、綺麗な青緑の髪と瞳をした少女。目が合ってしまい、ハルはパニックになってあわあわと口を開閉させる。

「すみません、この町の人ですか? よければ町長のいる場所を教えて欲しいのですが…」

 ずいとハルの前にでると、クィルテットは愛想の良い笑みを携えて少女を見る。最初は不審そうな顔をしていたが、それを聞いて目を大きく見開いた。

「町長のですか? お兄さん達、ストリートのレンタル権でももらいに行くの?」

 ここは人通りが多いので、そう言えば路上ライブや芸を披露している人も多くいたなと思い出す。ここは町長に直接許可をもらいに行くらしい。

「いや、俺たちファンタズマの者なんだ。ちょっと町長に用事があってね」

 あぁっと頷きながらも、首を振って理由を説明する。突然軍の名が出てきた為か、目を見開いた少女は、交互に2人を見比べた。

「あなたたち…お偉いさん?」

「こっちが隊のゲルゼール。この頃の失踪事件の事で話しをしなくちゃいけなくてね」

 首を傾げる少女に説明をすると、大きな瞳でじっとハルを見つめてきた。ドキリとして、思わず目を背けてしまう。ダメだ、やはり初めて合う人と目を合わせられるほどのスキルは自分には存在しない。

「ふ〜ん、あの事件のことか。いいよ〜暇してたし、案内してあげる!」

 少女はにっと微笑むと、くるりと背を向けて、「こっち!」と言いながら歩き出した。失踪事件と聞いても余り表情を変えないのは若さなのか。あまりこの事件への関心が低いらしい。
 とりあえず、これでなんとか町長の下へたどり着けそうだ。2人は顔を合わせて頷くと、少女の後へ続いた。

 路地を歩き続けると、だんだん人通りが少なくなってくる。だんだん道も狭くなってきて、空が狭い分光が無くなってきた。

「ほ、ホントに道合ってる…?」

 こんな暗がりに町長が居るのか。遊ばれているのではと少し不安になってクィルテットは少女の背を見つめながら尋ねた。

「表通りは人が多いから大変でしょ? 大丈夫! 今は暗がりでもちゃんと着くから」

 少女は振り返ると、太陽みたいな笑顔を携えて頷きながら言う。まぁ道は繋がっているのだ。今は暗がりでも、そのうち明るいところに着くだろうと納得し、「そっか」とだけ返しておいた。

「あ、ねぇねぇ」

 その時、少女はくるりとこちらに振り向いて、2人の顔を交互に見る。

「そう言えばお名前は? 私はリーフェアルト・ヴァーミリア!」

 首を傾げながら尋ねると、自分を指しながらにっと歯を見せて笑ってきた。突然のアクションで驚いたが、ずいぶん天真爛漫な少女だと苦笑いしつつクィルテットが口を開く。

「俺はクィルテット・マレー。ファンタズマ9番隊のアンケルだ。で、こっちはゲルゼールのハル・リクルード」

 自分の紹介が出来ないハルに変わり、自分を指し、次にハルを指しながら一気に紹介をした。

「ハルさんの方が偉いの?」

 首を傾げながら、リーフェアルトは2人を交互に見つめてくる。確かに、端から見ればクィルテットの方が偉そうだ。それに、あまり偉い人に対して敬意を払う様子も見られない。

「そ。まぁこいつ奥手だから。偉そうに見えないけど実力はあるんだぜ」

「ふ〜ん」

 にっと困ったように笑うクィルテットの話しを聞きながら、ゆっくりハルへ視線を動かす。

「そっか。じゃぁ嘘じゃないんだね?」

 一瞬、少女の笑みに影が入った。ハルはハッとしてその顔を見つめたが、気付いたときにはいつの間にか少女が目の前に迫っていた。
 ぼそりと、何かが呟かれるのを聞いた次の瞬間、首筋に痛みが走る。えっ、と気付いた瞬間には、首筋からどんどん冷たい者が頭に向かって広がってきた。

「ハ、ハル…!!」

 あまりに素早い動きに、全く反応が出来なかった。首筋に噛み付く少女の姿を見て、慌てて腰に下げていた剣を引き抜く。


 その時、少女と目が合った。


 青緑だった瞳は、血のように真っ赤に染まっている。その目を見た途端、全てがわかって、一瞬頭の中が真っ白になった。

 赤い瞳
 首筋に噛み付く行為
 彼女が……吸血鬼…!!

 ハルが…噛み付かれた…?

 ハッとしてハルを見ると同時に、胸に痛みが走る。事態が理解できなくて、ゆっくりと視線を動かすと、ハルの腕が自分の胸を貫通しているのが目に入った。

「ぁ…ハ…」

 頭の中が、じわじわと凍っていくようだ。体が小刻みに震えだしす。同時に喉から生暖かい物がこみ上げてきて、堪えきれずに口から血液を吐き出した。
 瞳に飛び込んだのは、いつも怯えを映していたのに、何も映さない瞳に変わった親友の姿。自分の胸を貫いているにもかかわらず、冷たい人形のような無表情で、泣きたくなってきて涙腺がゆるんだ。

 それと同時に、握っていた剣が音を立てて地へと落ちる。力がどんどん抜けてきて、彼の腕が引き抜かれると同時に自分の体も追うように倒れ込んだ。

「へぇ〜。本当にハルさんの方が強いんだ」

 甘い声を出しながら、リーフェアルトはゆっくりとハルの頬を撫でる。無表情の顔はどこか遠くを見つめていて、まるで魂が抜けてしまったかのよう。仲間の返り血を浴びているのに、全く反応がない。

「ふふふ。良い子ね…私のお人形さん」

 顔に着いたクィルテットの血を舐め取ると、満足そうに、そして楽しそうに目を細めた。

「じゃぁこれからちょっと頑張って、この町にいるファンタズマの人たち、皆殺しにしよっか。ドリミング幹部のリーフェアルトちゃんの目的はもっと大きな餌だから、弱い奴らは邪魔なんだぁ〜」

 これからの事に赤い瞳を輝かせて、怪しく微笑む。クィルテットの死体はそのままに、2人は町の外を目指して移動を始めた。

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あきゅろす。
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