"ヴァンパイア マジック"




 隊員達の視線を一斉に浴びたピゼットは、ぽりぽりと頬をかく。

「まぁ残念な話、そんなに記述残ってないんだ。だから俺が知ってるのも、魔法のほんの一部の姿かもしれないってことは覚えておいて」

 注意事項を述べると、各々頷くのが目に入った。

 情報の怖いところは、先入観だ。与えられた情報が全てだと思うと、小さな例外が出ただけで大きく心を揺さ振られる。それが全てではないことは、必ず頭の中に入れて置かねばならない。

「魔法の名前は"ヴァンパイア マジック"。この魔法が元で、吸血鬼伝説が生まれたってのは話したね?」

「はい。体の部位に噛み付く光景から、人の生き血を吸っていると思われ、それが吸血鬼と言う仮想生物を産んだんですよね」

 ピゼットの問いに、アンケルの女性が頷く。この魔法が発見されたのは、吸血鬼伝説が出来上がってからだった。故にその怪物の名を取り、"ヴァンパイア マジック"と名付けられたのである。女性の言葉に頷いてから、話を進める為に口を開いた。

「簡単な原理は、人体に魔力を送り込むこと。そういう魔法がいくつか存在するのはわかってると思うけど、それらとどう違うかわかる?」

 他人の魔力は、基本人体に悪影響を及ぼす。唯一回復魔法は例外だが、これも人体に最小限の魔力を注ぎ込んで自己治癒力を増幅させる魔法だ。
 他には、フィーティオが操る"マリオネット"。魔力の糸を絡め、体の筋組織に魔力を流し込む魔法だ。体の主導権を握るのは、"ヴァンパイア マジック"と同じである。
 それらと決定的に違うのは何か。隊員達はそれぞれ考え込むが、なかなか答えが導き出せない。

「……正解は、直接人体の媒体物へ接触すること。多少効果に時間のかかる他の魔法と違って、経由するものが内分即効性があるんだ」

 うんうん唸ってばかりの隊員達を一瞥してから、答えは出ないと判断して正解を口にする。

 光の糸で傷口を紡いでいく回復魔法と、糸を介して操る"マリオネット"。それらと違い、噛み付くことで魔力搬送媒体となる血液に直接送られることから、侵食スピードはかなり早い。

「あとは、思考の乗っ取り、行動を支配するってことかな。精神干渉魔法は存在するけど、それは相手の思考を探るだけであって、支配は出来ないからね」

 他の魔法で支配できるのは、せいぜい人体の動きくらいだ。脳という複雑な仕組みの物を支配仕切るのは、術者本人への負担も掛かる。
 また、操るためには、対象の動きを全て理解する必要があるのだ。操る人数が多ければ多いほど大変になるのは、理解の範囲内。

「一応説明したけど、この魔法は相手の思考を自分の中に取り込み、直接命令を下すもの。故に脳内に別の人間が存在する状態になって、大半の人間は思考が混ざって己を失い、錯乱し最終的に死に至る」

 だから、禁術とされたのだ。危険過ぎる力は、使うべきではない。だが、今回の吸血鬼はその魔法を使いこなしているのだ。並の精神状態の人間ではない。普通なら、狂っているのだから。

「さて、ここからが本題」

 ふぅっと一息着いてから少しだけ尻を浮かせて座り直す。改めて術の説明を受けた隊員達は、脂汗を額に溜めていた。術の恐ろしさは、魔法を使うものだからこそわかることもある。禁術に指定されるのは、たいてい施す側もされる側も危険窮まりないのだ。

「その魔法を食らっちゃうと、はっきり言って逃れることは不可能。魔法ってのは基本的に魔力の量や密度で強さが決まるのは常識だね」

 同じ魔法でも、術者の魔力レベルで威力は大きく異なる。また、仕掛けられた魔法を撃破するのも、相手の魔力量を上回る魔力を注ぎ込めば、支配兼を奪い消し去ることも可能だ。これは魔法を操るものなら誰もが知っている常識である。
 隊員達は各々頷き合い、当たり前の知識を再度確認した。
 それを確認してから、ピゼットはさらに進めていく。

「だけど、これが通用するのは、自らの意志あってこそ。侵食スピードが速く、また思考を支配されちゃうから、魔力量で相手の魔法を打ち砕くのはまず不可能だ」

 噛まれた瞬間一気に相手の魔力量を上回る魔力を注ぎ込めば話は別だが、まずそこまで思考の回転が及ぶかは微妙なところ。また、相手がどれだけ魔力を送り込んでいるかと言う正確なところはこちらではわからない。それこそ、全魔力を捨てる捨て身の勢いで注がねば、支配を逃れることは不可能。
 普通ならこの方法は、順々に魔力を送り込んで、最小限の消費で行うものである。でなければ、解放されたとしても、次の行動が起こせずに、ジ・エンドだ。

「禁忌とされた呪詛魔法。これを防ぐ方法はただ一つ」

 人差し指を天に向け、真剣な眼差しを隊員達へ向ける。隊員達は、息を飲んで続く言葉を待った。

「それは簡単なことだねん。噛まれない。ただそれだけ」

 以外にも簡潔に終わってしまい、隊員達は目をしばたいた。もっと高度な技術が必要だと思っていたのだろう、お互いに顔を合わせあう者達もいる。

「この魔法の特徴は、直接体内に流し込まなきゃいけないことなんだ。あ、あと怪我は極力控えて。傷口を手で触れられて、魔力を注ぎ込まれてもアウトだから」

 思い出したように告げられた言葉に、今度はごくりと唾を飲む。戦うものに怪我は日常茶飯事。それを極力避けるのは当たり前だが、なかなか簡単なことではない。

 今回の任務への不安が、徐々に蓄積されていく。隊員の表情が陰って来て、しまったとピゼットは口を引き結んだ。

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あきゅろす。
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