聞コエル
「ってことは、俺が見たのは吸血鬼じゃなくてただの魔法使いってことか」
ファリバールはふと目を落としながら光景を思い出す。あの背筋の凍る映像。あの黒ローブは首筋を噛むことによって、口から直接魔力を注ぎ込んだのだろう。
「だろうね。噛み付いたのは血液に魔力を送るため。首筋なのは多分頭に近いのと、頸動脈があるからとみて間違いないと思うよ」
ピゼットは頷くと、自らの首筋に手を当てる。
頸動脈は一番早く脳へ血液を供給する場所だ。脳に魔力が回れば、それでその人はもう操作できるのだから、この場所は一番都合が良い。
「ホントは直接頭噛み付きたいところだっただろうけど、頭蓋骨があるうえに脳に損傷を負わせたら大変だからね」
「そっか…」
うんと頷くと、ファリバールはふと窓を見た。
「あ、シェリ。ココロとモルが来たみたい。あいつら短気だからあげてくれない?」
窓からゆっくり視線をシェリに運ぶと、困ったように微笑む。シェリも今? というように眉を潜めてから、ため息混じりに立ち上がった。
「ココロとモル…?」
突然飛び出た単語に首を傾げながらピゼットは尋ねる。ファリバールは悪戯っぽく笑うと小さく首を振った。
「お気になさらず。ただのリスの兄弟ですから」
あいつらは一分一秒を大事にしすぎてるからねと付け加えた。ふと何かが窓を叩く音がしてそちらを見ると、確かにリスが2匹室内を覗き込んでいる。
「よく来るのがわかりましたね」
小さいリスの気配。今の空間では自分達も気付かなかった。ギージットンは驚きを含んだ声で言う。
「だってあいつらすごく騒ぎながら来るんだよ。気付くって」
だがファリバールは笑いながら片手を振る。だが意味がわからなくてピゼットとギージットンは同時に眉を潜めた。
「もう。わかるのはあなただけ。ったく、空気読めないんだから…」
戸棚から何かを取り出してきたシェリが、窓に寄りながらファリバールを睨む。あははと軽く笑うファリバールにため息をついた。急かすように鳴き続けるリスに「はいはい」と言いながら窓を開ける。後ろ脚で立ち上がったリス達に、手にしていた胡桃を一つずつ渡した。
リスは受け取るとシェリに向けて一声鳴く。それからファリバールの方を見て、ぶつぶつと何か言い出した。
「え? わかったよ。シェリに頼んでみるね。今はこの人達と大事なお話してるからさ、また今度にして今日は勘弁してくれよ」
ファリバールはクスクスと笑うと、リス達はまた何かを言いながら胡桃を持って去って行った。
「2匹はなんて?」
シェリは呆れたようにため息をつきながら窓を閉める。
「この前キミが焼いたスコーンが美味しかったから、またあれくれだってさ」
「ま! リスのくせに上手なんだから」
クスクス笑うファリバールを、ピゼットは不振そうな顔で見た。
「あなた…まさかリスの言葉が…?」
今の光景を見たらそう思うしかないだろう。彼はもしや…
「リスだけじゃない。動物や植物…。俺は人であらざるものの声を聞いてしまうんだ」
ファリバールはにっと笑うと、挑戦的にピゼットを見つめた。
「あなたも…俺を町の奴らみたいに気違いと言うかい?」
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