吸血鬼の正体
ファリバールは話を終えるとにっこりと微笑んだ。
「今思い出しても、良くわからない怖い世界だった」
顔こそ笑っているが、手に持つカップに入った紅茶が小刻みに震えている。その光景を目撃した時のショックの大きさが伺えた。
「赤い月に、黒いローブの吸血鬼…。そして謎の歌…」
ピゼットはじっくり考えを巡らしながらキーワードを口ずさむ。
一説では、吸血鬼に血を吸われるとその吸血鬼に従順になると言う話がある。だが、それはとある現象から言われることを彼は知っていた。
「まぁお話を聞く限り、そいつは吸血鬼ではないですね」
その言葉にファリバールとシェリは目を丸くした。ギージットンも驚いたようにピゼットを見る。
「ピゼット隊長…それは……」
「ん〜っとね」
3人の注目を浴びながら、うまく説明するために知識を頭の中で文として纏めて行く。
「結論から言っちゃうと、そいつは吸血鬼なんかじゃなくて、ただの魔法使いってこと」
3人が同時に息を飲むのを感じた。まぁあまり焦らすつもりもない。間も大して開けずに言葉を続けた。
「吸血鬼伝説の一説には血を吸われた人間はその吸血鬼に従順になる。そんな話はある魔法による現象によって作られた話なんだ」
そう、それはとある魔法現象による物語。
「呪詛魔法の一種だよ。直接標的の血液中に自分の魔力を送り込んで、脳を支配する魔法。余りに危険過ぎるから禁忌魔法として扱われたから、今の世の中には知られてないけどね」
机に肘を付いて、顎を拳で支えながら話し出す。話を聞いて、ファリバールとシェリは顔を見合わせた。
「禁忌とされた呪詛魔法ですか…」
なんとなく納得したようにギージットンは数回頷く。
「俺らは魔法には詳しくないからなんとも言えないんだけど…なぜそれは禁忌に…? 魔法なんて、言っちゃえば全部危険じゃん?」
ファリバールは眉を潜めながら尋ねる。ピゼットは小さく頷くと、にっと口の端を引き上げた。
「禁忌にされた理由はただ一つ。それは無条件に術者に仇をなすからだよ」
「…仇をなす?」
今度はシェリが眉を潜めながら尋ねることになった。ピゼットは口角を上げたまま頷く。
「例えば命と交換とか? 魔力量が余りにも多すぎて、たいていの人はみんな一気に魔力がすっからかん。お陰に体力も魔力に全部変換しちゃって、結果力尽きておだぶつとかかな?」
シェリはそれを聞いて身を震わせた。ファリバールはまだ渋い顔をしている。
「じゃ〜なんであの子は生きてたの…?」
あの黒ローブの人物は平気で歩いていた。それでは話が合わない。
「早まらないでくださいな。例えばって言ったでしょ?」
少し顎を落として上目使いで彼を見ると、にっこり微笑む。ファリバールはちょっと目を丸くしてから、少し表情を和らげた。
「そうだったね。失礼」
くすりと笑ってから、またこの子供のような隊長を見つめる。
「いえ。こちらも回りくどかったね。その魔法が禁忌にされたのは、人に魔力を送り込むことで人の思考を支配する。その人の頭の中を覗き込んで、自分の中に取り込んじゃうんだ。つまり、自分の頭の中に別の意識が宿って、それに命令を下す形になるの。普通の人なら気が狂っちゃうね。自分以外の思考が頭の中で展開されてくんだもん」
ぞっとしたのか、シェリは口元に手を当てた。ファリバールは良く理解が出来ないのか、眉を潜めている。
「なったことないからわからないけど、とりあえず想像するとこっわいね」
だがなんとか飲み込んだらしい。渋い顔をしながら、嫌そうに口を開いた。
「そ、何十人もの人がそれで気が狂って、その魔法を喰らった人もろとも死んでった。だから禁忌にされたんだ」
一通り話すと、ふぅっと息を吐き出す。
「そんな魔法を使うだなんて…」
ギージットンはじっと聞いていたが、パーツを顔の中心に寄せながらムッとして考え込んでいる。
「話によると使いこなしてるっぽいし? やっばいんじゃないの今回の任務…」
セルマが言ったように、この任務、どうやらハズレくじではないらしい。にっと笑うが、この笑みの真意は誰にもわからなかった。
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