赤き月の下
 その夜は不気味な月が輝いていた。白や黄色というよりは、赤。血に飢えたような月を見上げ、ふと外に出たくなった。
 町の人に疎まれている自分だが、この月明かりに照らされた町と、あの月を描きたくなったのだ。小さい頃から、絵を描くのが慰めだったのだ。
 この、少し恐怖すら感じる月の明かりに染まる町。描きたくなったのは、多少の皮肉も篭っていた。

 もう夜中だから出歩く人もそんなにいないだろう。人通りの少ない場所を探そうと考えながら、画材が詰まったバッグと大きなスケッチブックを手に取る。今日は朝早く起きたから、少しだけ眠い。欠伸を噛み殺しながら家を出た。

 最近町周辺で行方不明事件が多発しているのはシェリから聞いていたので知っていた。だが、世間とはあまりにも掛け離れた世界だった自分にとっては、どこかその事件は他人事だったのだ。

 森を抜けて、滅多に踏み入れない町に入り込む。人影を気にしながら、いいスポットはないかと歩き回った。

 ガコンッ!

 キョロキョロと路地を歩いていると、突然何かが倒れた音がして、驚いて顔を向けた。そのあとすぐにパリーンっと、ガラスが砕けるような音が聞こえる。

 ドキンと心臓が飛び上がって、体が一瞬サーッと冷えた。どうやら曲がり角の先から聞こえたようだ。壁伝いにゆっくり前に進み、何が起きたのかを確認しようとそっと顔を出す。

 そこにいたのは2人の人間だった。1人はこの町の男だ。酔いながら飲んでいたのか、足元にはまだ酒が入っていたビンが割れている。赤ワインだったらしく、濃い色をした液体が地面にじっくり広がっていた。

 もう1人は真っ黒なローブを頭から被った人だった。柔らかいフォルムのローブからは、体格を読み取ることは出来ない。その人の傍には、ごみ箱が倒れていた。初めに聞こえた音はあのごみ箱が倒れた音らしい。

 見た光景がそれだけなら、こんなに体は冷えなかっただろう。

 驚いたのは、人が男の首筋に噛み付いていた事だ。口元からは男のモノと思われる血が滴り落ちている。

 人とは思えぬ鋭い牙を抜き取ると、男の体は糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ込んだ。

 その時の、ローブの中からちらりと垣間見えた瞳が忘れられない。

 瞳が真っ赤だった。目が充血しているかのように、全てが赤かった。
 口元についた血を舌で舐め取り、ゆっくりと歌う。


キミに歌うよ

僕らの夢をつかみ取ろう

さぁ立ち上がって

キミなら出来る

僕らとともに歩もう



 少女のように高い声で口ずさむようにメロディーを刻みながら微笑む。すると倒れ込んだ男の体がピクリと動いた。

 人らしからぬぎくしゃくとした動きでゆらりと立ち上がる。それを見ると、ローブの人は鼻歌を謡ながら歩きだした。
 追い掛けるように、ふらふらとした男は歩き出す。下手くそな人に操られる人形のように、足をたどたどしく出していた。

 そして男の瞳も、全てが赤くなったのだ。

 体が冷え切っていた。足の裏から根が伸びたように全く体が動かない。男と黒ローブの人が完全に見えなくなっても、しばらくその場を動くことが出来なかった。

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あきゅろす。
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