笑顔の表裏
「ピゼット隊長!!」

 小柄な割にものすごい大股で勢いよく歩む男に、ギージットンは背後から声を掛けた。

「ん?」

 笑顔で振り返った彼は、足を止めぬまま首を傾げてこちらを見つめてくる。ため息でその表情を見つめてから、少し駆け足で彼の隣に並んだ。

「苛ついてますね」

「うん!」

 苦笑いで言ってやれば、満面の笑みで大きく頷かれる。敷地を出ると、今度は彼は小走りで屋敷から離れだしたので、仕方なく後に続いた。

「だって聞いた? この事件の解決して欲しい理由、工場が赤字だからだってぇ」

 笑い飛ばしながら、坂を下るとくるりと体ごとこちらに向けて見上げてきた。体格的に、彼は相当首を上げないと自分と目が合わないのだ。
 表情こそ軟らかく明るい笑顔だが、目が笑っていない。元から瞳が大きく、どちらかというとかわいらしい顔をした彼だから、付き合いがなければこの笑顔の心理はわからないのだろう。現にグルジアンは彼が苛ついていることに全く気付いていなかった。
 付き合いが長くなるとわかる。彼の笑顔は、心底笑っているときとそうでない時の瞳の変化が激しいのだ。

「はい。ここに工場を造ったという話しから察して、あの富は一代で築いたのでしょう。富への執着が人よりあるのも無理はない話です。それに経営者にとっては赤字は痛手以外の何物でもありませんからね」

 なだめるように微笑みながら彼の肩に手を置く。年齢も10は離れている彼は、上司なのだがなんだか弟のようで放っておけない。

「わかるけどさ。なんか、こう……お金こそが全て。労働者はその為の道具的な感じがして…腹立つ」

 ぶぅっと頬を膨らますと、くるりとまた正面を見据え、それから四方に顔を見回した。

「まぁいいや。えぇっと工場はぁ〜…あっちだね。きっとファリバールって人の方がさっきのおっさんよりずっと話せる気がするしぃ〜」

 今度こちらに顔を向けたときは、きちんとした笑顔に戻っていた。楽しそうににっと口に弧を描くと、「行こう」と言って歩き出す。気がするという割には、確信めいた物を滲ませた声。

「毎度おなじみカンですか?」

「うん。俺、めっちゃ当たるしねん」

 その場で立ち止まったまま尋ねると、既に少し離れた場所まで移動していた彼は振り返りながら、軽い足取りでステップを踏んでいた。

 そのまま笑顔でまた正面を向くと、スキップ混じりで工場の奥にかすかに見える森を目指し出す。ギージットンはまた駆け足で彼の後に続き横に並ぶと、やっと普通の歩調に戻った彼に合わせて歩き出した。

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