舌打ち
薄暗い部屋で、彼女は提供された、自分の背丈よりかなり大きなサイズのベッドに身を投げ出して、電気の付いていない天井を睨み付けていた。
彼女はウェーブした茶色い髪をベッドに乱れさせ、ただ物思いに耽る。思い出されるのは、この前交戦した少年の、泣きそうな、優しさの溢れる瞳。あれを思い出すたびに、彼女は懐かしさと切なさに心を痛めた。
懐かしい理由が分からない。
切なくて、胸が締め付けられる理由もわからない。
自分の事なのに理解できない…こんな感情が彼女を苛立たせ、忌ま忌ましそうに天井に向かって舌打ちをした。
その時だ、誰かがこの部屋に近づいてくる気配を感じて、彼女はベッドから身を起こし、外へ通じるドアを睨み付けた。
魔力の波動を感じようと意識を近づく気配に集中させる。彼女が持つ力のためか、彼女は人が無意識に放つ魔力を感じることが出来た。
近付く魔力の波動、心当たりは一人しかいない。彼女は緊張を解くと、またベッドに身を沈めた。
足音が聞こえ、それが自分のドアの前で止まる。彼女は、ドアの前にいる人物がノックをするより早く口を開いた。
「入れ」
一瞬、彼女の言葉に緊張したように、外の人物の気配が固まる。だが直ぐに緊張を解くと、その人物はガチャリと彼女の部屋のドアを開けた。
「お気づきでしたか、ラミア」
入って来たのは20代後半から30代に掛けてほどの男。肩より少し下まで伸びた所々外に跳ねる赤い髪に、闇にも輝く黄色い瞳。ファンタズマが最も敵視する巨大テロリストグループ、ドリミングの長であるアイル・モルソーである。
「…相変わらず部屋に電気を付けないのですね」
入るなり、暗がりの部屋を見回しながら、さして呆れるわけでもなく、笑みを含んだ声色でアイルはラクシミリアを見た。
「それはお互い様であろうアイル。貴様も闇を好む」
「御明答です。闇は…全てを飲み込んでくれる」
ラクシミリアの言葉に、アイルは口元に笑みを浮かべた。
「それで…」
ラクシミリアは上半身のみ起き上がらせると、ベッドから足を投げ出し、足を組む。
「何用だ?」
用がなければ決してこの男は自分の部屋に等来やしない。ラクシミリアは訝しそうにアイルを睨みながら尋ねた。
「ご報告に…」
アイルはクスリと笑うとラクシミリアに背を向け、口を開く。
「これからとある村に人を送り、"ある物"を持ってきてもらいます」
それだけ言うと、アイルは戸を開け、外に出ていってしまった。
「『取って来たらやるべきことを果たしてもらうから準備しておけ』……か」
ラクシミリアはアイルの心を読むと、面倒そうにため息をついて、またベッドに体を預ける。そして、また先程まで考えていたことを頭にループさせた。
優しさと切なさを秘めた、懐かしく思わせる両の眼(まなこ)。
「シルハ…クリシーズ……」
ラクシミリアは、その瞳を持つ少年の名を呟くと、忌ま忌ましそうにまた舌打ちをした。

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