恐怖と恥を晒す時
沈めば風に当たって冷えた身体を湯の柔らかな温度が温めてくれる。シルハは気持ちよさに目を閉じた。そう、温泉とは本来コレが正しい楽しみ方なのだ。
「にしても、キミはどうしてここに残ってるの?」
今更だけどさ、と言いながらピゼットが岩をえっちらおっちらと降りてくる。会話に困らない、適当な場所まで降りてくると足先だけ湯に付けるようにして岩場に腰を下ろした。
「んだよなぁ。2番隊は今任務中だろ?」
湯に下半身だけ沈めたセルマが、そういえばと言うようにシルハを見つめる。
「えっと…」
どこからどう話せばいいかわからなくて、シルハは困ったように顔を湯の方に向けた。
「前回の任務で色々ありまして…その…」
話せば相当長そうだし、上手く説明できる自信もない。事情を知ってそうなナナハをチラリと見るが、ナナハはあまり関心がないのか、1人で空を見ながらボーッと湯に浸かっていた。
「………謹慎処分になったんです」
任務の出来事を話すのが嫌になったシルハはごく簡潔に事の成り行きを告げる。しばらく沈黙した後、セルマとピゼットは弾けるように笑い出した。
「きき、謹慎処分〜!?いやマジで!?マジでかぁ!!」
セルマは身体をのけぞらせて豪快に笑う。シルハはなんか無性にここに居づらくなって鼻まで顔を湯に沈めた。
「え?任務中に何しちゃったのかなん?」
ピゼットは興味津々というように輝く瞳をシルハに向けながら尋ねてくる。シルハは何となく2人のこの態度に気が抜けた思いをした。
普通、謹慎をくらった隊員を目にしたら、厳重な注意を呼びかけるのではないのだろうか。この2人からも何か言われるであろう事は多少覚悟していたシルハだが、なんだかこの緊張感のない隊長達の姿に溜息をつきたい気分にさえなった。
「どう…言えばいいかわからないです…俺は……」
シルハは何とか説明しようと、前の任務を思い出す。
ラクシミリアの絶望
死を懇願する悲しい少女
ヴィクナの泣き出しそうな、辛そうなあの表情
言われた言葉も
胸に刺さって
『偽善者が』
『お前は甘いよ。甘いし、考えが浅はかだ』
自分を再度見つめたあの夜も
説明しようとするとまだ心を締め付けた。
自分の行いや、あの日の出来事は、直ぐに癒せるほど小さな事柄じゃない。
まだ、口にするのが怖かった。
覚悟は決めた。
どうするかだって、もう迷わない。
ただ、
あんな自分を晒すのが怖いだけなのかもしれない。
「まだ…俺は弱い……」
誰かに言ったわけではない。自分にそう言いながらシルハは自分の身体を抱くように腕に力を込める。微かに震えている身体に、過去を恥じる心に、シルハは悔しくてグッと唇を噛んだ。
自分は――なんと卑しい人間なのだろう。
過去を恥じる自分。その過去を晒す事を怯える、小さな自分。
「………んっとぉ〜」
シルハの様子を見て、ピゼットは先程までのようにおふざけモードから頭を切り替えたのか、酷く真面目な表情をしながらシルハを上から見つめた。
「何に怯えてるの?過去の自分?」
見透かされている……?
シルハは少し驚いて顔を上げて、視界にピゼットの姿を捉えた。
「やっぱり。犯した罪を恥じて、それを人に知られるのが怖いんだね?」
ピゼットは自分の考えが当たって嬉しかったのか、にっと優しい表情で笑みを浮かべる。シルハはその言葉に顔を伏せて、コクンと小さく頷いた。
恥ずかしい
怖い
人に、自分の過ちをあえて晒すのは…
「怖いのは当然だよ。それが人ってもんさ。それが近い過去なら近くであるほどに」
時の風化はそのうち自分の恥ずべき過ちすらも笑い話に変えてくれる。しかし過ぎ去ったばかりの過去は、まだそんなに出来るほど色を落としていなくて。
生々しくよみがえる光景は恐怖や羞恥を色濃く心に落としていく。
「ま、でもさ。実際起きちゃった事だし、仕方ないんだよ。魔法にだって、時を戻す事は出来ないんだしね」
時間軸は誰にでも公平に進んでいく。誰かのためにねじ曲がる事なんてあり得なくて、あの時に戻りたいと思ってもそんな事は絶対に出来ないのだ。
「だったら、前を見ていくしかないんだよねん。今怖いなら、無理して傷を抉る真似はしないから、平気になったら聞かせてよ。謹慎の理・由」
そしたらみんなで笑い飛ばしてあげるから。ピゼットは笑みを浮かべながらそう言って、軽くウィンクをした。

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