その目論見は砕け
露天風呂は中の木造と違って石で作られていた。平らな石が無造作にはめ込まれて作られた足下があり、石で囲まれた、なかなかのサイズの浴槽が、風に揺られてチャプチャプと音を立てて揺れる揺れるお湯を抱いている。露天風呂の全体を背の高い竹を結って作られた壁が囲み、奥で巨大な岩がその竹の高さまで積み重ねられ、お湯はその岩の隙間から滝のように落ちていた。
「凄い露天ですね」
シルハはちょっと楽しくなって辺りを見回す。すると、一部違う事に気づいてシルハは顔を上に向けた。
入り口から入って左側の壁だけなぜか竹ではなく分厚い板で作られている。高さも竹よりも上を行っており、妙に存在を主張していた。
「なんでここの壁だけこんなに…?」
高いのだろう。そう言おうとすると急に肩を誰かに掴まれた。
「そう!なぜここだけ高いのか!興味あるだろう?小僧!!」
セルマが顔をグイグイッと近づけてきてシルハに爛々とした瞳を向けてくる。
「え…えぇ…まぁ……」
シルハは返事をしつつも嫌な予感が胸を膨らましていた。ついさっき知り合ったばかりだが、分かりやすいというのかなんというのか、この人がこんな目をした時は絶対ろくな事じゃないと確信にも近い思いがあったのだ。
「実はこの壁の向こうはね――」
ピゼットはシルハに指でもっと自分に寄るように指示しながら小声でささやく。シルハは仕方なく身を屈めてピゼットの口元に耳を近づけた。
「――女湯なんだよね〜ん」
「…………は!?」
やっとピゼットの、そしてセルマやナナハの言動の意味が理解できるとシルハは目を見開いて顔に血を上らせた。
「ダダダダダダダダダメですよそれは!!」
シルハは真っ赤になって熱を持つ顔を隠すように片手を口元に持ってきて、慌てて後ずさる。しかしガシッと、勢いよく後退をしていたシルハの肩を掴んで、セルマはまた元の位置に引き寄せた。
「なぁ〜に。ちょいとあそこの岩を登って壁越しを覗けばパラダイスだぜ〜?」
セルマは竹の壁に沿うように高く積み上げられた岩を指さしながらにやりと笑う。この人達はどうやらリラックスを提供するための滝として積み上げられた岩達を犯罪の方向に悪用する気満々のようだ。シルハはまだ顔を赤く染めながらブンブンと勢いよく首を左右に振った。
「だだ、だめですってば!!」
「シルりん疲れとんのやろ〜?ええやん、たまには天国見たってな〜?」
ナナハはシルハの肩に腕をおいて、耳元にわざと息を吹きかけるように囁く。シルハの身体は条件反射でビクリと揺れた。
「いや…でも不味いですよそれは…!」
シルハはナナハに息を吹きかけられた場所を手で隠しながらなんとかセルマの腕から逃れようともがいてみる。しかしセルマは見た目通り力があるのだろう。筋肉がしっかり付いた腕から、セルマに比べればひょろいと言われても仕方ないような体型をしたシルハの力が適うはずもなく、腕はいっこうに外れなかった。
「馬鹿!このためにこの浴場選んだんだぜ〜?やんなくてどうするってんだ」
「純情少年気取っとる前に男としての欲求に素直に従ったらどや?ん?」
正に悪魔のささやき!シルハは泣きそうな顔になりながら小さく首を振った。
「あれ!?誰もいないよん!?」
「「なにぃぃぃいいいいいい!!!!??」」
その時だ。いつの間にか岩場の頂点まで登って、腰にきちんとタオルを巻いたピゼットが手を目の上に翳して女湯のある方を覗き込んでいた。しかし、その口から出た言葉にセルマとナナハは驚愕!と言うようにムンクの叫びのようなポーズをとる。シルハはやっと誘惑の言葉責めから解放され、どっと疲れたのか額から浮き上がった嫌な汗を腕で拭いながら深く息を吐いた。
「なんだよ!意味ねーじゃねーかよ!!」
セルマは崩れるようにしてその場に座り込み、悔しそうに手を床に打ち付ける。一見憐れな様子だが、理由が理由なためシルハは同情する気持ちにはならなかった。
「うっわ〜残念やな〜。なぁシルりん」
「勝手に残念がってて下さいよ」
「わっ!態度が辛辣や…」
ナナハの飄々とした様子の言葉に、今まで見せたこともないくらい冷たい目線でシルハはナナハを見る。さすがにびびったのか、ナナハはシルハから少し距離を置いた。
「なんか逆に疲れました…」
「ま、まぁ風呂でも浸かってゆっくりせぇや」
シルハの言葉に、ナナハは取り繕うように笑いながら自分も露天に身を沈める。まぁ一段落したし、いいか。とシルハは自己納得で小さく頷いてから湯に身を任せた。

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