魔力検査
銀色の少年は、目を閉じたままドサリと地面に倒れ込む。ぴくりとも動かないその様子に、先ほどより弱くなったとは言え、未だに体全体が青く発光したままのパルスは、気絶してしまったかな?と呟きながらクスリと笑った。
「一気に全部吸ったのか?」
「うん。その方がわかるしね」
タピスの問いに、パルスは微笑みで返すと音も無くその場にしゃがみ込む。土の地面に指を這わせる様子を見守りながら、タピスもパルスの隣に近付いてしゃがみ込んだ。
「なんで色彩魔法陣にしなかったんだ?今から魔力の性質を調べるんだろ?」
タピスは青光りしたパルスの細く長い指を見つめながら問い掛ける。元から白い彼の指が、青い光のせいでさらに白く輝いていた。
パルスが使った魔法は、色彩魔法陣程の効力はないが、ある程度ならその人の魔力の性質を知ることが出来る魔法である。対象人物の魔力を直接吸収して魔力そのものを調べる魔法で、魔力を吸われた人間は大半シルハの様に気絶してしまうのだ。
「うん。色彩魔法陣は書くのが大変だし、僕の魔力消費量が半端ないからね。あんまり使いたくないんだよ」
微笑みながらパルスは地面に這わせた指で波のような模様を描いていく。
「それって…お前が楽したいだけか…?」
「クスッ…まぁね」
存外ちゃっかりした性格のパルスに苦笑いをしながら、タピスは事の成り行きを見守った。
パルスは描き出した波模様に凹んだ地面に指を押し付ける。するとパルスの指を伝って、青い光が波模様の溝を水が流れるように移って行き、波形に青い光が輝き出した。
全ての光がパルスの体から離れ、描かれた波模様の溝に集まると、眩しいほどに発光を強める。タピスはあまりの眩しさに、真紅の瞳を青色に染めながら目を細めた。
発光が弱まってくると、パルスは波模様の上に手を翳す。
「《己が全てを我の前に示せ》」
パルスの呟くような呪文念唱。
すると、波形に固まっていた光は急に地を離れ、まるで生き物みたいに辺りを跳びはねる。淡い光を放ったそれは、3、4周気絶したシルハの回りをビョンピョン跳ね回ると、一直線に滝壺の中に飛び込んでいった。
タピスとパルスは立ち上がると、二人で滝壺へ歩み寄り、水面を覗き込む。無言のまま光が飛び込み、揺れる水面をじっと眺めていた。
しばらくすると、急に水の中にキラリと光が見える。タピスとパルスが見つめる中、その光は次第に水面に近づいてきた。
コポリと音を立て、その光の正体は水面に顔を覗かせる。美しく白銀と勿忘草色の光を放つそれをパルスは水から掬い上げると、クスリと笑みを零した。
「やっぱり…2種類の魔力を持ってるね」
パルスの手に輝くのは透明な水晶玉のような物体。人の掌に治まる直径6pほどのそれは、中で白銀と若草色をした光の帯のような物がうねうねと水に漂うように光り輝いていた。
「魔力が2種類?聞いたことねぇぞ?」
タピスはパルスの手の上で輝くその水晶玉のような物体を訝しげな表情で睨み付ける。パルスはまた小さく笑みを広げると、自分の服の袖で、その物体に付く水を綺麗に拭き取った。
「不思議だよね。元来人間は1つの魔力しか体に宿していないのに……これは異例だよ」
魔力はその人の精神力。2つの精神を持たない限り、2つの魔力を身につけることなんか出来ない。
「まるで精神の中に別の誰かが居るみたい…。もしかしたら彼は2重人格者か何か?」
「…そんな話は聞いてない」
自分が一緒にいた時はそんな様子は全くなかった。確かに自分は隊は違うし、始終一緒にいるわけではないからハッキリしたことは言えないが、ヴィクナからだってそんな話は聞いたこと無い。
「ふ〜ん…ますます不思議だね」
パルスは水から取り出した光を放つ球体を見つめながら、楽しそうに微笑む。球体の中では、やはり2つの光を放つ帯のような、紐のような物体が悠々と水の中を漂うように揺らめいていた。
「彼は多分この2つの魔力を操れていないんだと思うな」
「まずはその制御からか?」
「うん。それから基礎的なことをした方が良いだろうね」
パルスは薄く笑みを作ったままその球体をタピスに渡す。タピスは少し困惑したような表情でパルスを見た。
「…どうすれば良いと思う?」
「さぁ…具体的な方法はわからないな。何せ異例だから、こんな事は」
タピスの問いかけに、別段困った様子もなくクスクス笑いながらパルスは話す。この笑みが絶えることがないのを長年の付き合いで知っているが、笑ってない顔を他に見せたこと無いパルスの表情の変化のなさにいささかタピスは不満を感じてむすっと口を結んだ。
「クス…まぁ方法は1つ…」
「なんだ?」
パルスの相変わらずの表情を真面目に見つめながらタピスは聞き返す。パルスは少し勿体振るように微笑んでから口を開いた。
「実戦が一番」
紡がれた、案外簡単な答えにタピスは拍子抜けして渋い顔をする。その反応を楽しむようにパルスは微笑みながらさらに続けた。
「多分コレと言った修行方法は無いからね。戦って、体で覚えていくしかないと思うよ」
案外あっけないが、それも一理あるとタピスは頷く。パルスはそのタピスの様子を見て満足したのか、くるりと出口の方に体を向けた。
「キミが修行を付けてあげたいなら実戦稽古をしてあげるといいよ。……あ」
話ながら出口へ進めていた足をピタリと止め、パルスはタピスの方に向き直る。
「タピス。最近調子はどう?」
急に発せられたパルスの言葉に、タピスはぎくりとして体が硬くなった。
「なんで…?」
「いや…魔力の流れが凄い乱れてるからね。精神面か…肉体面になにかあったかな?って」
微笑んでいるが、目は探るようにタピスを眺めてくる。
パスルは元から魔力の性質を調べたり、人の魔力を感じたりするのが並はずれて凄い人物であった。普通の人でも戦闘時になれば魔力の動きが激しくなり、他人の魔力を感じることが出来るが、それ以外の他人の魔力の調子を感じることは出来ない。だがパルスはその能力が異常発達しており、通常時でも魔力波動を常に感じることが出来た。
そのパルスが、自分の魔力の乱れに気づいた。タピスは嫌な汗がさっと噴き出すのを感じたが、パルスの観察するような瞳に動揺が映らないように極力平静を保とうと、直ぐに体の緊張を解く。表情を変えずに、淡々と言葉を発した。
「いや、大丈夫だ」
少し声が上ずったような気がする。だがそれは自分にしかわからない位の物だったのか、耳障りに響く自分の心音がそう聞こえさせたのか、パルスはふ〜んと、さして問いつめるわけでもなく、厳しい視線を平常の眼に戻した。
「そっか、なら良いけど。…乱れが凄いから魔法使う時は注意した方が良いよ?特にキミの"ステップダンス"は緻密な魔力コントロールが必要だからね」
「あぁ、忠告感謝する。今日はありがとうな」
「どういたしまして」
パルスは最後にニコリと微笑むとクルリと背を向けて訓練所を出て行く。パルスの姿が見えなくなると、タピスは今までするのを忘れていたかのように荒く呼吸を繰り返した。
バレるな……!
人に気づかれては不味い。準備も無しに急にやってきた緊張に、タピスの体からは緊張と、それから解放された心のゆるみで汗が噴き出す。心臓が激しく脈打ったことで瞬時に上がった呼吸を落ち着けるために呼吸を繰り返しながら、タピスはギュッと下唇を噛んだ。
居場所は…ここしかないんだ…――
大分心臓が落ち着いた頃、タピスは後ろで気絶するシルハに目をやった。魔力を調べるために魔力をパルスに吸われ尽くしてしまったためか、近寄って、頬をギュッとつねっても何の反応も示さない。タピスは困ったように肩をすくめると、背後に気配を感じて振り返った。

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