それも彼の魅力
さて、ここは7番隊隊舎の最上階であるタピス・クライドの部屋である。
艶やかな漆黒の長髪を、幼なじみであるフロウィから貰った手作りの髪飾りで高い位置に一つに結い、美しいとしか形容できないような顔を怠そうに歪めた。
「はぁ…」
「タピス…何度目?」
タピスの口から零れたため息に、机の向かい側に座るフロウィは苦笑いを浮かべながら、伏していた顔を上げる。一向に進まないタピスに握られたペンを見て、フロウィはさらに苦笑いを広げた。
「本当に苦手ね、報告書」
任務後、隊の長(おさ)であるウィクレッタは総部隊長に任務の報告書を提出するのが決まりである。ウィクレッタ5年目なタピスは、通常報告書など書き慣れたものとスラスラ書けてもおかしくないのだが、相変わらず紙と睨めっこをしながら頭を悩ませるのが毎度のお決まりだった。
「文才ねーんだよ、俺は」
片目だけ細めて、嫌そうな顔をしながらタピスは再びあまり進んでいない報告書へ目を通す。フロウィはそんなタピスにかわいらしい笑顔を向けた。
「タピス、フォスター時代から勉強は出来たけど作文は大の苦手だったものね」
クスクスと笑いが零れながら発せられたフロウィの言葉に、タピスは顔を上げず、目だけをフロウィに向けて睨み付けた。
「ほっとけ」
「ほっとけないわよ。苦手にもほどがあるわ。私が居なきゃタピス、一日経ったって報告書提出できないんじゃないかしら?」
フロウィの言葉に反論しようと顔を上げ、口を開きかけるが途中でその行為を中断する。悔しいが、自分でもそんな気がして反論するに出来なかった。
「あ、ほら、反論出来ないじゃない」
「うるせー。それよか口より手を動かせ」
「もう終わった」
タピスの言葉に、嬉しそうに微笑みながらタピスに頼まれた、自分の分の報告書を手に取って、タピスに見せびらかす様にひらひらさせる。タピスは詰まらなそうに顔を歪めたが、フロウィはただ楽しそうに笑っていた。
コンコン――
その時部屋のドアから、遠慮がちに小さなノック音がする。タピスとフロウィは同時にドアに顔を向けると、タピスは口を開いた。
「誰だ?」
「…シルハです」
誰かと尋ねれば、ノックと同じ様に遠慮しがちな返事が返ってくる。名乗った、扉一枚隔てたところにいる意外な来訪者に、タピスとフロウィは顔を見合わせた。
「入れよ」
「失礼します」
とりあえず中に促すと、ガチャリとドアが開く。
「…!?すみません!お取りこみ中でしたか?」
シルハは中を覗くと、タピスとフロウィを交互に眺めた後、机に広がる紙の束を見て、罰悪そうな顔をした。
「いや、大丈夫だ。どうした?」
タピスはチラリと書きかけの報告書を見てから直ぐシルハに視線を戻して尋ねる。シルハは一回口をつぐんでモゴモゴとさせた後、決まり悪そうに口を開いた。
「修業を…つけていただけませんか?」
シルハは、もじもじと居心地悪そうに立ちながらタピスに視線を送る。タピスは一瞬目をパチクリさせてから、にっと口角を吊り上げた。そのタピスの顔に嫌な予感を感じたフロウィはすかさずタピスに声をかける。
「タピス…まさか…」
フロウィの声にタピスは黒い笑みを浮かべると、ズイっと書きかけの報告書をフロウィに突き付けた。
「続き。頼んだぞ」
「やっぱり…!逃げる気ね!?」
予想通りの言葉に、フロウィは呆れ顔でタピスを見つめる。そんな視線をシカトして、タピスは立ち上がってシルハの方を向いた。
「さぁシルハ、行くか」
「こらぁ!タピス〜!」
フロウィの怒ったような声もスルーの方針で、二人の間に起こった会話でテンパっているシルハを無理矢理引きずってタピスは外に出る。
「頼んだぞ。隊長補佐」
ドアを閉めながら、少しだけ開いた空間から顔を覗かせ、捨て台詞の様に言い残すと、タピスはいつになく上機嫌にドアを閉めた。
「はぁ…結局私が書くわけね…」
フロウィはため息をつきながらも、頼られることが嬉しいのか、ちょっと口元を緩めながら、タピスの書きかけの報告書に目を通す。
自分の担当は任務地に着いてからの詳細を記したもので、タピスの担当は任務実行時の物だったが、タピスのは良くあれほど時間をかけてこれしか書けないなと逆に感心したくなるほどしか書き込まれていない。これはもはや文才云々の問題では無い気すらフロウィはしてきた。
「ある種の才能よね〜…」
まさに天は二物を与えず。
色々起用にこなすタピスの最大の弱点とも言える文章力のなさに、何となくかわいらしい物を感じ、愛おしさを感じた。完璧なんかより、ちょっと弱いところがある方が人間として魅力を感じる。
ただでさえ綺麗なのに、完璧過ぎたら彼はもっと近寄りがたい人間だっただろう。だが、そんな抜けてるような所もあるから。
きっと…好きなんだ…
そんな事を考えていたら急に恥ずかしくなって来て、一人顔を赤らめながら、フロウィはサラサラと続きを書き足していった。

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あきゅろす。
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