解放と共に
シルハは駆け足で第1訓練所に着くと、真っ直ぐ滝壺へと向かった。
「よっし、イメトレ イメトレ」
シルハはドカリと滝壺の縁に腰を下ろすと手を水の上に翳す。目を瞑って、魔力の流れを慎重にイメージした。
水がコポリと小さな音を立てながら、磁石に吸い寄せられる砂鉄のようにシルハの掌に集まっていく。綺麗な球状に集まっていく水をイメージしながら、シルハは実際の結果にドキドキしながら目を見開いた。
「…あれ?」
確かに自分はしっかりと魔力の流れをイメージしたし、魔力もその通り動いていく感じもした。しかし実際には水球は掌の中で出来てはおらず、ただコポコポと音を立てて沸騰するかのように水面を膨らませているだけだった。
「げっ…!!振り出し!?」
シルハはその様子を見て愕然とする。数ヶ月掛けて培ってきた修行は、魔法バングルが外れただけでいともあっさり意味をなさない時間となってしまった。
「うそぉ…へこむわ…」
シルハはショックにガックリとその場で項垂れる。あんなに修行をやる気だったのに、一気に気力が萎えていった。
「あぁ〜!!俺の下手くそぉ!!」
嫌気がさしたのか、顔を上げながら叫ぶように言葉を発すると、そのままの勢いで背中から地面に倒れ込む。ガラス張りの天井を透かして、青い空が惨めなシルハを見下ろしていた。
鳥が悠々と空を横切る。自分は魔法使いなのに、あの鳥のように空を飛ぶことすら出来ない。
途端に、優雅に宙を舞うレイチェルの姿が頭をよぎった。続いて、水を作り出して簡単に操るルイの姿が浮かんだ。
「俺って…一番駄目じゃん…」
属性魔法すらきちんと使いこなせない。なんだか無性に悔しさがこみ上げてきた。
「よっし!!やるぞ!!」
もうノウハウは掴んでいるはず。あとはこの魔力量に慣れさえすれば大丈夫だ。
シルハはそう考えると横たえていた体をガバリと勢いよく起こす。また水に向かって手を翳した。
「イメージ…」
シルハは呟きながらまた瞳を閉じる。
魔力の流れを水に例えて想像する。体中を駆け巡り、自分の掌に集中する魔力。ジンッと掌に熱がこもってきて、上手く魔力が集中したことを感じた。
そのまま掌から純に水の中に魔力を注ぎ込んでいく。
瞳を閉じた、暗い世界で蛍光色のように輝く魔力を描きながらシルハは着実に魔力のコントロール感覚を掴んできていた。
その時だ。
真っ暗な世界で彼が笑った。
「ジルク!?」
ハッとしてシルハは目を見開く。
今まで上手くいっていたのか、目を開いて魔力を注ぎ込むのを止めた瞬間、掌に集まっていた水は重力に従ってバリャリと落ちた。
激しく揺れた水面から水しぶきが上がり、乾いた土をぬらす。水面が静かになる頃には、シルハはこわばった体の緊張を解いていた。
確かに今、あの暗闇の世界で自分によく似た少年が自分に笑いかけていた。
だが実際は目の前で木々が茂り、心地よい水音を立てた滝が存在するだけで、自分の他には誰もいやしない。今まで彼と会ってきた時のことを思い出し、シルハは反射的にしたこととはいえ、目を開いたことを後悔した。
「ジルク…どうして…?」
こんな時に彼が出てくるのは初めてだ。彼が出てきたのは、自分が眠りに落ちている夢の中か、敵に幻術魔法で精神界に落とされた時。いずれも深く精神界に入っている時だった。
こんなただ目を瞑った時に出てくるなんて今まででは異例である。
その時、シルハはジルクの言葉を思い出した。
〔魔法バングルのせいで、君の前に出るだけで疲れちゃうんだ〕
シルハはその言葉にハッと右手首を見る。意図したわけではないが、壊されてしまった、龍が描かれた太めの金の腕輪はもう自分の手首にはついていない。
「ジルクの魔力が解放されたんだ……」
まだこの意味は理解に苦しむが、確かに彼は自分の魔力が制御されてしまっていると言っていた。
制御が溶けた。だからシルハの前に簡単に姿を現せたのではないだろうか。
シルハはそう考えると再度目を瞑った。
ジルク……答えて……
シルハは目を閉じて彼の声を聞こうと試みる。闇に支配された世界で、必死に自分に似た姿を探し続けた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!