その世界で取り戻して
ヴィクナは幻想的な水面を見つめて立ちつくしていた。わずかな風に揺れた水が、湖の縁にぶつかりパシャパシャと小さな音を立てる。その音を聞きながらヴィクナは瞳を閉じて暗闇を作り出した。
いろいろ信じられない事実が起こって
頭が痛くなるほど混乱して
でも……
もう大丈夫
ヴィクナは目を閉じたままわずかな風が頬に触れるのを感じながら空気を思い切り肺に送り込んだ。
シルハに会おう。
ヴィクナはそう決心をすると目を開く。その時、背後に近づく気配を感じてヴィクナは勢いよく後ろを振り返った。
「あ……」
「う……」
10mほど離れた場所にいた人物、意外に明るく染まった湖の光のおかげでその顔を確かめることが出来た。
線の細い銀色の髪。左は水色、右は黄緑色をしたオッドアイが印象的な少年。今まさに会おうと決心した人物であった。
「シ…ルハ」
「あ…の」
ヴィクナは驚いたように目を瞠る。まさかこんな所に彼が来るなんて想像もして無くて、ヴィクナは意外すぎる事実に声を詰まらせた。方やシルハは決まり悪そうに足を止める。だが直ぐにまた前に足を出してヴィクナにぐんぐん近寄った。
ヴィクナは自分に起こった変化にとまどった。
シルハが近づくたびに心音が高鳴る。会おうと決心したばかりなのに、彼の顔を見たら急に不安になった。なぜだかわからないが、妙に彼から遠ざかりたい気分になって、でも湖がその進行を阻んでシルハとの距離は一方的に狭められた。
自分の感情がよくわからずに混乱していると、いつの間にか会話するのに困らない位置に来たシルハの姿にドキリとする。シルハの顔を見れば、先程の罰の悪そうな表情は消え、凛とした、どこか覚悟を携えた顔をしていた。その覚悟の内容が定まらず、ヴィクナは困惑する。だがその不安の様子が見て取られないように、わざと眉間にしわを寄せた。
「何のようだ?」
声色も少し荒々しく、自分は怒っていると言うことを相手に理解させる。話の内容によっちゃただじゃおかねぇぞと言うオーラを背負い、常人なら完璧にひるんでいた。
だがシルハはそんな様子を見せない。しばらくヴィクナと見つめ合ってから、シルハは勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした」
その行動に、一瞬唖然としてしまう。ヴィクナは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして、口を思わずへの字に歪めた。
「俺…甘かったです」
そう、甘かったのだ
自分はこの世界で生きている。だが、その世界で生きる覚悟なんて全然決まっていなかったんだ。ファンタズマで生きると言うこと、その意味をきちんと理解していなかった。
「そして…浅はかでした」
人の事がまだきちんと考えられなかった。考えは1つじゃない。沢山の色があってそれが世界で、自分の考えが全て正しいわけじゃない。自分がこうだと信じたって、それは人からしてみれば間違ってることだってある。その意志を貫いて戦っていくのがファンタズマなのに、自分はその意志に反した行動をした。
そして、自分の考える幸せは全ての幸せに当てはまるとでも思っていた。いや、そんなつもりは全くなかったが、結果的にはそうだったのだ。
よく考えた
色んな事が頭を巡って、自分の行動を客観的に見てみた結果だ。
「次は…」
そして、これからどうすればいいかも考えた
必死に
そして答えは1つだったんだ
「ラクシミリアにあったら…必ず倒します」
それが自分たちの生き方で
それが彼女の救いで
気づくのが遅すぎたんだ。その結果自分は沢山の物を傷つけた。
でも
もう迷わない
「必ず」
シルハは顔を上げ、ヴィクナの目を見ながらハッキリした口調で告げた。
あぁ…――全てを理解してくれていた
自分が告げたかったこと、彼は自分で考えて、自分でしっかり決断を下した。
真っ直ぐな瞳から全部、全部伝わるよ――
「……うん」
ヴィクナは頷く。シルハの決意に、彼の思いに。
もう…私も迷わないから
「シルハ、お前の気持ちはわかった。アタシが言いたかったこと、お前は理解してきてくれた」
ヴィクナは嬉しさで思わず口元が緩む。だがすぐ真っ直ぐに引き延ばして、ヴィクナは真顔を作り出した。
「だが、お前がやったことは隊として、組織としてあってはならないことだ」
ヴィクナももう迷わない。フロウィから言われた、それは組織を保つ上でとても大事なこと。
「次の任務にお前は連れて行かない。1人で本部に残って、今回のことをしっかり心に刻め。ナナハが休暇でまだ少しは本部にいるからお前の面倒はナナハに見てもらう。わかったか?」
罰則としては、犯した行為に反して生易しいかもしれない。でもそれは、自分でちゃんと気づいた事へのご褒美。シルハは意外に軽い罰則に驚いたように目を見開いたけど、直ぐに真顔に戻って「はい」と返事をした。
軽い軽い処罰、それは傷つけた自分に対して下したヴィクナの優しさ。また目にうっすらと水が張りそうになるのを必死に堪えた。ヴィクナに悟られまいと、顔をうつむける。
「もう…帰ろっか」
そんなシルハにヴィクナは声を掛けた。その声色に顔を上げれば、やはりその優しい声色と同じように、彼女は顔に笑みを浮かべている。その笑顔が凄く懐かしく感じて、シルハは嬉しさで胸がいっぱいになった。
下手したら、もうその笑顔は二度と自分に向けられないかと思っていた。そう考えると凄く怖くて、でも、今は確実に自分に普段の笑みを浮かべてくれている。その事実にシルハは心底ホッとした。
「はい!」
そしてシルハも笑みを浮かべた。やっと、心から笑えた気がする。
幻想的な世界に包まれながら、やっと取り戻した素晴らしい笑顔に、シルハは堪えきれずに一筋の涙を零した。

[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!