その答えを、そして覚悟を
シルハはまだ1人で崖から足を投げ出すように座っていた。
足を宙に放り、足を上下にぶらぶらさせ、その足の動きを何となく眺めながら、シルハは頭をフル回転させていた。
頭に廻るのは沢山の光景と沢山の言葉。
死ぬことが願いと語るラクシミリア
暗澹に満ちた顔は、シルハには泣いているように見えた。それは酷く残酷で、とても胸に刺さる痛々しい涙を流しているように見えたのだ。
そしてヴィクナの不安そうな、何とも形容しがたい顔。初めて見た彼女のあんな表情に、シルハはラクシミリアとは別の意味で胸が痛んだ。
そして言われた
偽善という言葉
誰かに優しくするなら全てを見極めなくてはいけない
ラクシミリアを救おうとした結果
自分はヴィクナを傷つけた
そして
ラクシミリアにとって、自分の行動はどうだったのだろうか?
早く彼の元に行きたい――
彼の顔も、優しい笑顔も、愛おしく思った声も、彼女は時の風化で忘れてしまって。彼女はそれ故に涙を流していたのかもしれない。
暗澹の涙は
呪の束縛から縛られ続けるという暗い未来へ向けられていると言うより、彼のことをこれ以上忘れてしまうことを恐れて流したモノなのかもしれない。
シルハは足の動きを見るのを止め、空へと視線を動かす。
「俺……浅はかだな」
幸せになって欲しかっただけだった。
だが結果はどうだろう?誰かが幸せになっただろうか?
自分がもたらしたのは絶望ばかりな気がする。
シルハは泣きたい気分になった。くっと下唇を噛み、勢いよく立ち上がる。一端目を閉じ、すぅっと深呼吸してから目を開いた。自分に泣く資格など無いのだから、泣くべきではない。少し我慢すると、何とか涙を堪えることが出来た。
泣きたい衝動が次第に治まってくると、シルハは戦いを終えた平野を見わたす。闇夜に溶けたのか、血がこびり付き黒く染まったのか、所々黒に染まって地の形を捉えることが出来ない。そして、真っ黒な塊が転々と転がっていた。あれは、かつて生を紡いでいた者の名残。命が終わり、後に残った肉体、いわゆる死体が戦いの名残を残してそこら中に物のように転がっていた。明日は仲間の亡骸の回収をしてから本部に帰還するのだろうと考えながらシルハはの沢山の終わりを作り出した平野に転がる影を見つめる。本当は今すぐにでも回収して夜露を避けてあげたいのだが、闇に紛れてこの沢山の死体から仲間を見つけるのは容易な作業ではない。疲れ切った隊員達のことも考えて、次の日に体外死体の回収を行っていた。
シルハは視線を動かすと、美しい場所に目がとまる。それは空を切り取ったかのように映し出した湖。静寂を取り戻した湖の水面は静かにその場に治まっていて、鏡みたいに鮮明に空を描いていて、星の瞬きまで正確に表現して、水が光を反射し、風で水面が揺れることによって、光の芸術が更に輝きを増していた。
美しいとしか言いようのない場所。光が幻想的に世界を作り出して、シルハは固まったようにその世界に見とれていた。
「綺麗…」
意図して言葉が漏れた。それは地獄絵図のような平野とは別世界で、シルハはその世界に吸い込まれるような気分だった。
「…あれ?」
湖を見つめていると、その辺(ほとり)で立ちつくす1つの影を見つけた。星の光を反射した湖の側は存外明るくて、その人物が持つ金色の髪が更に光を反射してよくその影の姿を映し出していた。
「ヴィクナ…隊長…?」
そこに立っていたのは遠目だが確かにヴィクナだった。後ろで腕を組んで、わずかに揺れる水面を正面に、1人でぽつんと立ちつくしている。その姿を見た時、シルハの頭にタピスの言葉がよぎった。
『考えて、出た答えをヴィクナに報告に行け』
シルハはその言葉にとまどった。まだ自分の考えはまとまりきっていない。こんな状態で彼女に会うのは果たして得策だろうか?
シルハは目を瞑って考えた。
自分は、どうすればいいのだろうか
その答えは、考える必要もない位簡単で
あとは自分の覚悟だけ
シルハは目を開くと、回り道を見つけて高台から平野に降りていった。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!