それは当たり前で大切なこと
話し始めたヴィクナは、話ながら自分の頭を整理でもしているのか、ゆっくり1つ1つ丁寧に話す。フロウィはたまに相づちを打ちながら真剣に話を聞いた。
ラクシミリアのこと
自分が駆けつけた時の状態
シルハの考え
自分の行動
そして
魔法が打ち消されたこと
「前から莫大な魔力を持っているとは思ってたんだ…。でもまさか自分の魔法が消されるなんて思えなくて混乱して、色んな意味でその事実が信じられなくて、どうすればいいかわかんなくて…」
ヴィクナの声は、終わりに近づくに連れて小さくなっていく。最終的にはやっと言葉が聞き取れる位の音量になってしまった。
「ん〜つまり−1シルハね」
「は?」
フロウィから飛び出した言葉に、ヴィクナは目を丸くする。
「ヴィクナちゃんのシルハ君に対する評価ポイント。それは痛いわ」
フロウィが言っていることがいまいち理解できなくて、ヴィクナは眉間に再度しわを刻みながらフロウィを見た。
「んっとね」
フロウィはそんなヴィクナを見て可愛い笑みを浮かべてから目を閉じた。
「シルハ君の考えを全部否定しちゃイケナイと思うの。確かに私たちの立場からすればヴィクナちゃんの判断が正しいし、ラクシミリアのことを考えるとシルハ君の判断は何とも言い難いところだわ。でもねシルハ君が言いたいことも何となくわかる」
フロウィはそう言うと閉じていた瞳を開け、ヴィクナの碧眼と目を合わせた。
「ヴィクナちゃんもそう思ってるんでしょ?」
フロウィの問いに、ヴィクナは何も言えずに黙り込む。そうなのかもしれない。確かにシルハの考えは人間らしかった。この世界でその考えは甘いとしか言いようがないけど、それでも人間らしいのだ。
「でも、魔法消しちゃうとはびっくりだわ。私より魔力あるかもね」
フロウィは「ん〜」と言いながらテントの天井の方を目だけで見つめる。ヴィクナも頷いた。
「その事実が余計混乱しちゃってさ。アタシよりあるかもしれない」
自画自賛するわけではないが、これでも何千人と居る組織のTOPであるウィクレッタという肩書きを持っている。それは少なくとも自信につながるし、容易に抜かれるものでは無いとどこかで思っていた。それが今年入隊したばかりのペーペーに現実を見せつけられたのだ。実力を付ければ、かなりの強さを持って、いずれ自分を抜き去ることは目に見えていた。
「フロウィ」
「ん?」
ヴィクナはいろいろ考えてから自分からフロウィを見つめる。フロウィは上目遣いにしていた瞳を真っ直ぐに戻して、ヴィクナと目をしっかり合わせた。
「アタシは…どうすれば良いと思う…?」
あの時はどうすればいいかわからなかった。混乱して、シルハが自分を止めてラクシミリアを逃がしたって事実も、自分の魔法がかき消されたって事実も、シルハの気持ちが理解できなくて、イライラや不安だけが先に立って真っ暗な中に突き落とされたみたいだった。こんな経験、今までに一度だってない。
冷静になった今は少し考える余裕が出来た。そうだ、シルハの言っていることだって間違いではない。だが、立場的にはそれはまずくて、それは彼にしっかり理解してもらわなくちゃいけない。魔法を打ち消したのは事実として受け止めるしかないのだから、今更論じたところで無駄なのだ。
考えがまとまるとイライラが少し消えて視界がわずかにクリアになった。けど、未だに不安はぬぐえなくて。だから彼女に助けを求めた。
「…動じないことだと思うわ」
フロウィは少し考えたように間を置いてから口を開く。
「動じないで、しかるべき処置を執るべきだわ。この場合は、私たちの立場を理解してもらって、彼の甘さを認めてもらって、そしてしかるべき罰則を与えなきゃ駄目だと思うわ」
罰則。
それは上に立つものとして、隊の規律を乱した者に等しく与えなければならないもの。
シルハの行為は反逆にも近くて、下手をすれば除隊扱いになってもおかしくないものだ。
「でもね、ヴィクナちゃん。よく考えて」
フロウィは真面目な顔から急に柔らかい笑顔へと形を変える。
「さっきも言ったけど、シルハ君の気持ちの全てを否定しちゃ駄目なんだよ?世の中には沢山の人間が居て、沢山の考えがある。だから戦争が起きて、私たちは戦わなくちゃいけない。だけどもし全ての人が全く同じ考えを持っていたとしたら?それは確かに平和で争いのない世界になるでしょうね。でもその反面、みんな好きなモノが同じで、やりたいことも一緒で、嫌いなことも一緒で、苦手なことだって一緒。そんなんじゃ世界が崩壊しちゃうわ。沢山の考えがあるから世界はなりたっていて、沢山の人がいるから私たちは生きていけるの。だから違う人の考えも尊重して行かなきゃいけない。それは当たり前だけどとても尊いモノだから」
フロウィは話し終えると恥ずかしそうに頬を染めながらにっこりと笑った。
「ちょっと、偉そうね私。だけどね、そのことをしっかり踏まえて考えて欲しいんだ」
口元は笑ってるけど目は真面目。フロウィの真面目な視線を感じながら、ヴィクナは小さく頷いた。
「偉そうなんかじゃないよ。ありがとうフロウィ」
ヴィクナはそう言うと頭を下げる。それから顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「少しは力になれたかしら?」
「うん。アタシだけだったら…まだ悩んでた」
そうだ。人は考えが衝突するのが当然で、それで悩むのが人の性と言っても過言ではないだろう。それはひどく当たり前で、でも見失いがちでとても大切なこと。その尊さを忘れてしまい、自分の考え1つで全てをまとめ上げようとするのは到底うまくいくことじゃない。だからぶつかって、認め合うことだって大事なんだ。
ヴィクナの心からやっと不安の色が消える。視界が鮮明になってきて、碧眼の濁りがとれた。
「アタシ、ちょっと外出て1人でまとめてみるわ。ありがと」
ヴィクナのお礼にフロウィは満面の笑みで答える。2人でテントを出てから別れると、ヴィクナは星が瞬く空を見上げた。雲に覆われることなく鮮明に輝きを届ける星々。ヴィクナは目を細めてその星をしばらく見つめてから、当てもなく歩き出した。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!