違いを認めて
タピスはスタスタと歩いて崖の方までシルハを連れてきた。そこはシルハ達が任務前に戦場の様子を張っていた場所。タピスは腰を下ろすと、崖から足を投げ出してブラブラさせた。
「お前も座れ」
「はい」
タピスはシルハを見上げながら自分の横の字面を軽く叩く。シルハは頷くとそこに腰を下ろしてタピスと同じように足を投げ出した。
「回りくどいのは嫌いだ。何があった?」
「……」
タピスの率直な質問にシルハは思わず押し黙る。タピスに何もかもを話してアドバイスをもらおうと思っていたのに、いざとなると声が出せなくなる自分が嫌になった。
「シルハ?」
タピスは少し身を前に屈めてシルハの顔を覗き込む。シルハはそんなタピスと目が合わないように顔を伏せた。目が合ってしまったら、もっと離せなくなるような気がして、怖くて目を合わせられなかったのだ。
「隊長…」
「ん?」
シルハは深呼吸をしてからタピスの方を見ずに声を絞り出す。言ってしまったら、タピスは今後自分に対してどういう態度を取るだろうか。想像すると身が凍るようだった。
体が意図せずして小さく震え出す。緊張か恐怖か。おそらくどちらも混ざった感情から、シルハは小さく震えていた。この事実を話したら、タピスは先程のように冷たい目を自分に向けるだろうか。それだけは耐えられなかった。今のシルハにとって、タピスは唯一の活路なのだ。この人にすら見捨てられたら、シルハは本当にどうすればいいかわからなくなってしまう。
「隊長…俺…ラクシミリアを逃がしました」
「聞いた」
シルハは声が震えているのを悟られないように出来るだけ平常の調子で言葉を紡ぐ。だが少し震えて上ずってしまったように感じた。バレただろうかとヒヤリとしてタピスに目を向けると、気づいてないのか、はたまた気づいたが気づかないふりをしているのか、タピスは至って普通の顔をしていた。それがなんだかシルハの心を安心させていく。次は少し普通の声色で言葉を発することが出来た。
「ラクシミリアを…俺は殺したくありませんでした」
「なぜ?」
本当に回りくどいのが嫌いなのか、大事な要素だけでスパンと突っ込んでくる。シルハもその態度に、無駄な枝を付けないで、自分の思った芯だけを伝えようと決心した。
そして始めから起こったことを要点だけをまとめて話していく。
ラクシミリアの呪術師になった経緯。
ラクシミリアに対する自分の思い。
ヴィクナとの衝突。
全て話すと妙にスッキリした心持ちになった。そして、話している間相づちもつかずにじっと自分の話を聞いていたタピスへ視線を動かす。タピスは神妙な顔をしてシルハを見ていたが、唐突に口を開いた。
「お前の言い分はわかった。要はラクシミリアの心をこのまま闇に居させたくなかったてことだろ?光の世界を見てから死ねと」
「最後の文はなんか違いますが大体そんな感じです」
タピスはずっと身動きせずに聞いていたせいか腕をグッと前に伸ばして体を伸ばす。それからまたシルハに目を向けた。
「シルハ、それがお前の考える幸せか?」
「はい?」
タピスの唐突な質問にシルハは目を丸くしながら聞き返した。
「どうなんだ?それがラクシミリアの幸せだと思ってるのか?」
タピスの言葉の意味がわからなくてシルハは目を泳がせた。だって今のままで終わってしまうなんて悲し過ぎる。もっと世界は明るいことをラクシミリアは思い出さなければいけない。じゃないとむなしすぎるではないか。全てを奪われたままなんて悲しいにもほどがある。
「シルハ、それはお前の視点から見たお前の幸せに過ぎないんだ」
「え?」
タピスから続いた言葉にシルハは目を丸くする。
「たいちょ…」
「シルハは呪いを解く方法…検討つくか?」
「……いいえ」
異議を唱えようと声を出すも、遮られて質問を投げかけられる。シルハはその質問に答えられるほどの考えをもっていなくて、うつむき加減になりながら首を横に振った。
「考えてみろ。ラクシミリアは何百年も生きてて方法を見つけられないのに、たった20年足らずの俺らが方法を見つけられるのか?」
タピスの言葉にシルハは固まった。何か方法が絶対あると思っていた。それは自分の中で確信にも近い考えで、見つからないなんて事ほとんど頭になかった。
だがどうだろう。実際彼女は自分たちの何倍も何十倍も人生を歩んでいる。その人が見つけられないのに、彼女に比べたらカスほどしか生きていない自分が本当に方法を見つけられるのだろうか。
「なぁシルハ…」
固まって言葉を失ったシルハを見てから、タピスは座り直しながら声を掛ける。シルハはこっちを見ないが、聞いているだろうと解釈して話し出した。
「幸せの形って…1つじゃないんだ」
確かにシルハが思うとおりの幸せの形もあるだろう。しかし、それが全てではない。死ぬのが幸せという人もいるかもしれない。もっと別の幸せもあるかもしれない。
「ラクシミリアの幸せは、確かに呪から解放された時に訪れると思う」
だが自分たちは解放させる術を知らなくて。彼女が論ずる方法しか知らないのだ。それならば彼女の幸せは、唯一の解放法にある。
「お前の言い分も間違っちゃいねぇよ、確かにそう言う幸せもある。だがな、自分の思うことだけじゃ駄目なんだ。人間ってのは…」
タピスはここでいったん言葉を切る。口を塞いで続きを言おうとしない。シルハはそんなタピスの方へやっと顔を向けた。彼の深紅の眼と目が合う。そこでやっとタピスは口を開いた。
「人間ってのはいっぱいいて、全く同じのなんて1人もいなくて、だから色んなる考えがある。優しさを語るなら、それを完全に見極めなくちゃいけねぇ。それを見極める前に自分の考え1つでの行動は偽善だ。その自分主観の行いは、よかれと思ったことでも人を傷付けることだってある」
シルハはその言葉でラクシミリアに言われたことを思い出した。
『偽善者が』
痛烈な一撃だった。何も言えなくて、悲しさだけがこみ上げた。
それは自分主観の優しさだったから。自分主観の幸せだったから。
人は雪の結晶みたいで。
似ているようでみんな違う。
同じような考えを持った人間とすら反発する時もある。
それが人間で
その違いを認めて初めて善行を行えるのだ。
「それに、俺らの立場も考えろ。お前はファンタズマの人間で、ラクシミリアは今やドリミング側の人間だ。お前は甘いよ」
タピスはオブラートに包むことなくバシッと言い放つ。シルハにその言葉は痛すぎて、何も言えずに逃げるようにタピスから視線を逸らした。
「甘いし、考えが浅はかだ。まだ…善し悪しがわかって無くて、ただみんなに幸せになって欲しいとあがいてるだけ。言わせてもらえば、お前にはそんな力ねぇよ、もちろん俺にだって」
目線を反らされたからか、タピスもシルハから顔を背けて空を見る。星が瞬いて、自分の小ささを実感するのだ。あんな高くて、遠い位置にある星の瞬きは、この星に均等に光を届ける。だが自分達は均等に優しさを振りまく事なんて出来ない。均等に善行を行うことなんかできない。自分たちがファンタズマのために犯した行為はどこかで憎しみを生む。それが社会で、人間の限界だ。
「シルハ、1人で良く考えな。考えて、出た答えをヴィクナに報告に行け」
痛烈な言葉を投げかけて、最後に道標を残す。シルハはバッと顔をタピスの方に向けたが、タピスはシルハの方を見ることもなく立ち上がった。そして身を翻してテントの方へと歩き出す。数歩歩くと足を止め、タピスは振り返ってシルハと目を合わせながら口を開いた。
「俺らはそんなに偉大でもないし、力があるわけでもない。どんなに魔法が使えたって、ちっぽけな人間であることに変わりは無いんだ」
だから対立がある。
だから自分たちは戦っている。
ファンタズマとドリミングの勢力争い。それこそこの議題の象徴的な争いで。自分は万人を幸せにする力なんて無い。ただそれを口にしてもがいてるだけで、でもその事実の前に変わらないことだってあるのだ。それを全部見極めなきゃ、自分がすることは全部口先だけになってしまう。
自分が出来る限度を知る。それが何よりも大事なことなのかもしれない。
自分の考えが万人に通じるわけではない。
そんなのは当たり前のこと、でも意外と見失いがちで。
「はい。ありがとうございました」
背を向け、また歩みを再開させたタピスの背中を見ながら、シルハは立ち上がって頭を深々と下げた。
厳しいことも言われた。
だが道標を残してくれた。
シルハは顔を上げると、タピスの姿が闇に溶けるまで見送り続けた。

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