謝罪よりも強い瞳
気まずさだけが残るこの空間で、シルハはギュッと下唇を噛みながら俯いた。
自分がしたことは間違いだったのであろうか?
自分がしたことは、やはりただの偽善で、自分が救われたいだけで、その感情で周りを振り回しているだけなのだろうか?
シルハはわからなくなってくる。あんなに決意にも近い強い意志があったはずなのに、ヴィクナのあの目を見た瞬間に全て間違っていたような気になってきてしまっている自分が居た。
自分の曖昧な思考回路に嫌気だちながら、シルハの表情は更に沈んでくる。その表情を見守っていたタピスは、不審そうに眉を潜めた。
「おい、お前ら…何があった?」
この少年は付き合いが浅いためか、こんな表情を見るのは初めてだ。
急激な2人の変化にとまどいが隠せない。声色に少しだけだが焦燥感が混じっている。だがシルハはそんなことにも気づかず、ただ黙って下を向いていた。
「シル兄…」
タピスの背後から声がし、タピスはゆっくりと後ろを向きながら視線を下げる。瞳に映ったのは幼い少年で、心配そうにシルハを見つめた大きな目が涙で微かに潤んでいた。
「マーダ…ゴメンね……」
シルハはマーダの顔を見ると、寂しそうな表情をしながらもやっと声を出す。しばらくマーダと視線を交わしてから、シルハは決心したようにタピスに目を向けた。
「隊長…」
「ん?」
シルハの呼びかけにタピスは少しだけ首を傾けて柔らかい声で反応を示す。シルハは一回深く深呼吸をしてから、バッと頭を下げた。
「は?」
突然の行為にタピスは思わず目が点になる。だがシルハは頭を下げたまま大声で話し出した。
「すみません!ラクシミリア…俺が逃がしてしまいました…!!!」
ざっと、シルハの声に答えるように風が強さを増す。木々を彩る緑の葉が、体をこすり合わせて大合唱を始めた。
その周りのざわめきとは対照的に、2人の間に一気に何かが走った。硬直するような冷たくて、おぞましい空気。そう感じたのはシルハだけかもしれない。だがそう感じてしまうのは、一瞬にして放たれたタピスの驚愕と不信を抱いたような雰囲気から来ているのだ。
「逃がした…?」
タピスは確かめるようにシルハに尋ねる。声色は普段と変わらないが、纏うオーラがシルハへの抗議を訴えるようにビシビシと心に突き刺さり、シルハは恐怖でギュッと目を瞑った。
「すみませんでした…!」
シルハは再度謝罪の言葉を述べる。だがそんなのでタピスの抱いた感情が消えるわけが無くて。
「…なめてんのか?」
今度は明らかに音程の変わった、低く冷たい声が刺すようにシルハの耳に届いた。
「まま、まって!!」
シルハを睨み付けるタピスの顔を見た瞬間、何かに突き動かされてマーダは頭を垂れるシルハの前に立って立ちふさがるように両手を広げる。タピスは片目だけ細めるように眉間にしわを寄せながらマーダに視線を動かした。
歳はかなり幼い。自分がファンタズマに入隊した頃とさして変わりは無いであろう少年が、必死に自分を見つめている。恐怖のためか、先程よりも瞳は潤み、微かに足が震えているのがわかった。
「わけがあるの!!」
「わけ?」
必死に伝えようと自然と大きな声になりながら話すマーダをタピスは冷たい目線で睨み付けるも、逸らそうとも逃げようともせず、真っ直ぐ見つめ、寧ろ睨み返してくるマーダにため息をついてタピスはシルハへ目を向けた。手を伸ばし、銀色が彩る頭に手を乗せる。くしゃっとシルハの頭を撫でると、さっきの冷たい空気を打ち消してタピスは口を開いた。
「わかった…わけとやらを聞いて、一緒に考えてやる。だから顔上げて、今は任務に集中しろ。わかったか?」
マーダの顔は、タピスの言葉を聞いてほころぶ。そのまま勢いに任せてギュッとタピスの腰に抱きついた。
「ありがとう!!」
先程の怯えたような表情とは違い満面の笑みを浮かべるマーダを見て、タピスは思わず苦笑いを零す。いまだ頭を下げながら、シルハは目の奥が熱くなるのを感じた。
「わかったか?シルハ」
「はい…ありがとうございます」
「じゃ、森を抜けるぞ」
「はい」
シルハはやっと顔を上げると、微かにだが、やっと笑顔を取り戻して頷いた。

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あきゅろす。
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