その顔は曇り
嵐が過ぎ去り、やっと木々が落ち着きを取り戻したころ、ヴィクナとシルハの間には異様な空気が立ちこめていた。
激しい戦闘で周りだけ木々が消え去り、ポッカリと口を開けるようになっている。そこの真ん中で、2人は長い沈黙を守り続けていた。このままじゃ埒があかないと、様子を見守っていたザルディはキセルを吹かしながら渋い顔をする。ラクシミリアが居なくなると共に、術者を失った死神もあっけなく姿を消した。それから2人のやりとりに耳を傾けるも、これは2番隊の問題であり、ヴィクナが処理をしなければならないことと考え、口出しをするつもりはなかったのだが、発展しそうにない様子にため息混じりに助太刀すべくゆっくりと歩み寄る。すると、2人が作った沈黙に感化されたように静寂を貫き始めた森の木々がまた激しく動揺を始めた。
気流が変わる。その変化にその場にいたマーダを含めた4人は一斉に顔をその方角に向けた。
途端、急に突風が吹き付け、シルハは反射的に目を瞑る。顔や体にビシビシと舞い上がった砂が容赦なく叩き付けられて、微弱な痛みの連続にシルハは顔を歪めた。
風は直ぐさまおさまり、風に持って行かれるようになびいた髪がパサリと元の定位置に静かに落ちてくる。治まったのを感じると、シルハは躊躇いがちに目を開いた。
「全員無事みたいだな」
「タピス隊長!!」
目を開け、視界に飛び込んできた青年の姿に、シルハは目を丸くしながらその青年の名を呼ぶ。タピスは一瞬シルハと目を合わせると、その隣に居る、顔を伏せて曇った表情をしている少女に目を向けた。
その少女にしては珍しく何とも言えない顔をしている。怒り・不安・畏怖、それらが混じり合ったような顔は影を落として、普段のハツラツとした彼女からは想像しがたい表情だった。付き合いは長いが、こんな表情は滅多に見たことがない。そして今まで見てきた中でも、かなり重度の様だ。精神的にかなりやられているのは一目でわかった。
「ヴィクナ…ひでぇ顔だぞ?」
普段とあまり調子を変えずにタピスが尋ねるとヴィクナは伏せた顔をいったん上げるも、またすぐ俯いて無言を貫き通す。はぁっとため息をついてからタピスは顔を横に向けた。
「ザルディ」
「いや、俺詳しくは説明できねぇよ?」
ザルディは死神を相手にしていたので一部始終を完璧に掴んでいるわけではない。どうしたのかと尋ねられてもまともに答えることは出来ないのだ。
ふぅっとキセルを吹かすザルディから顔を背け、タピスは顔の位置を元に戻す。先程目をそらした少年の方に今度は自分から目を合わせると、タピスは口を開いた。
「シルハ…何があったかと聞く前に、何でお前は森にいる?」
森には立ち入るなと宣告されていたはずだ。それを破って、なぜこの少年がこの場にいるのかが疑問だった。
左腕だけ腰に添え、片足重心で立つタピスを見ながら、シルハは口を開くも声にならない。ただパクパクと開閉を繰り返すだけで、タピスが求める解を得るには至らなかった。
「…今はそれは置いておくか…。シルハ、何があった?」
その質問をした途端、シルハの顔の色が変わる。申し訳ないように眉を下げ、どうすればいいかわからずに困惑した表情。でも瞳だけには力がこもっていて、意志をしっかり持っていた。
だがそれとは裏腹に、やはり口は魚のように開閉を繰り返すだけ。
「質問を変える。ここにラクシミリアは居たんだな?」
タピスはシルハから目をそらすと、この空洞と化した森の中を見回す。木々はなぎ倒され、激しく地は砕け散り凹凸を作り出していた。激しい戦いがあったのは言うまでもない。
「そ、ラクシなんとかとか言う嬢ちゃんとやり合ってたわけよ。説明は後にして取りあえず森を出ようぜ?さっさと任務終わらせてよぅ、処置はそれから考えろや、ヴィクナ」
タピスの質問に適当に答えると、ザルディはさっさと踵を返して森を抜けようと歩き出した。
「うん…」
ザルディの後ろ姿を見送りながらヴィクナは小さく頷くと、一回シルハと視線を交えた。暗い瞳をしたヴィクナと目が合い、シルハは心臓が締め付けられたような気分に陥り、急に息苦しくなる。だがヴィクナはついと目を背けて1人歩き出した。

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