理解不能
ヴィクナは硬直した体の時を戻すことができなかった。
見開いた目は瞬きを忘れ、乾燥して目が痛くなって初めてそのことに気づいた。ゴシゴシと目をこすり、ヴィクナはまたまっすぐ前を見据える。目の前の現実が信じられなくて、目をこすればそれが消えるような気がして擦ってみたものの、目の前の現実は何も変わらない。
銀色が視界を支配する。信じられない光景にまた、ヴィクナは時を失ったように固まり、立つこともできずにその場に座り込んでいた。
ラクシミリアが無事な原因。それは途中でヴィクナの魔法がかき消されたからだ。しかし魔法をかき消すには、その魔法を形成している魔力より多い魔力を魔法にぶつけて相殺するしかない。ヴィクナの全開の魔力が、いちバーサーカーの少年にかき消されたのである。
彼の双眸と目が合った。見つめた瞳はとても困惑していて、でも強い意志が宿っていて
ヴィクナは訳がわからずにシルハをただ見つめるだけだった。
「何の真似だ貴様ぁ!!」
止まった時を動かしたのはラクシミリアだった。ラクシミリアは体を起こすとツカツカとシルハに近づく。シルハはヴィクナから視線をラクシミリアへ移す。ラクシミリアは、シルハを見上げる形で睨み付けた。
「言ったでしょ…?」
シルハは悲しそうな瞳をラクシミリアに向ける。
「死んじゃったら終わりなんだ……死んじゃだめなんだよ」
ラクシミリアは足を止めた。シルハの言動が全く理解できない。なぜ?その言葉だけが頭をループした。
シルハを見ていると、ハッとラクシミリアが表情を変える。その変化に気づきシルハが後ろを振り向くと、突然頬に痛みが走った。
グラリと体が後ろに傾く。慌てて足を踏ん張ってシルハはバランスを保った。
顔を上げると、混乱した碧眼が目に飛び込む。顔に血が上ったのか頬がほのかに赤くなり、胸の前で握った手が密かに震えていた。その手に叩かれたであろう方がジンジンと痛みを放つ。
「ヴィクナた…」
「黙れ!!!」
ヴィクナはシルハの言葉を遮ると、シルハのことを突き飛ばした。いきなりの攻撃にシルハはあっさりバランスを失い地に倒れ込む。ヴィクナはそんなシルハに目もくれず、ラクシミリアに向かって魔力を練り込んだ。元から持ってる魔力はもう全部使ってしまった。後は気力で残った体力から魔力を生み出していかなければならない。体力からの魔力の生産量を誤れば死に至ることもあり、危険が伴う。だがラクシミリアにとどめを刺すために、ヴィクナはあえてそれを実行に移した。
「死ねラクシミリア!!」
「駄目です隊長!!」
ヴィクナが呪文を唱えようとすると、起き上がってきたシルハがヴィクナの口をふさいで呪文を唱えさせない。
「すいません…待ってください…!!」
抵抗しようとしたヴィクナを後ろから抱き込み、シルハはヴィクナの耳元で絞り出すように声を出す。ヴィクナは、突然のシルハの行動に思わず固まった。
「ラクシミリア…!もうやめて!!」
シルハはラクシミリアへ顔を向けると、叫ぶように声を届ける。密かに震えているように聞こえた声にラクシミリアもヴィクナも、魔法がかかったみたいに動きを止めた。
「ラクシミリア…ファンタズマにこよう?そして方法を探そう??」
シルハの言葉に、ラクシミリアはどう返せばいいかわからなくなる。頭が彼の言葉についていけずに、無意識に後ずさりをした。
「ふ、ざけるな!!!」
やっと硬直が溶けたのか、ヴィクナがシルハの腕の中で暴れ出す。思い切りヴィクナはシルハの足を蹴飛ばし、腕の力がゆるんだ瞬間にシルハの体を押して自分と強制的に距離を置かせた。
「《黒き雨は鮮血に染まる》」
ヴィクナは自由になったとほぼ同時に呪文を響かせた。体がガクッと重くなり、ヴィクナは重さに耐えきれずに地に膝をつける。だが魔法は完成され、黒い針のようなものが一斉にラクシミリアへ向かっていった。
半分放心状態になっていたラクシミリアはヴィクナの攻撃に反応が遅れる。ハッと気づいたときにはもうすぐ側に針の先端があった。
−−終わる
そう思ったのも束の間、ラクシミリアの背後に真っ黒なもやが出現し、ぬっと手が伸びてきた。驚くラクシミリアを完璧に無視し、真っ暗なもやから現れた腕はラクシミリアを捕まえ、あっという間にもやの中に引き込む。ラクシミリアの姿がなくなると、出現したもやは姿を消し、何もない空間を針は突き抜け、地に突き刺さった。
「空間移動魔法…逃げられたか……」
ヴィクナはそのもやを見て悔しそうに下唇をかむ。
今の黒いもやは空間移動をする際通る道である闇の回廊。誰かがラクシミリアを助けに来たのだ。
ヴィクナは一回目を閉じて深呼吸をすると、足に鞭を打って無理矢理体を持ち上げた。後ろを振り向くと、ラクシミリアがさっきまでいた場所を、切なげに見つめる少年の姿が目に入る。
ヴィクナはシルハの方に歩み寄ると、思いっきり平手打ちを食らわせた。
パァンといい音があたりに響く。シルハは叩かれた反動で横を向いてしまった顔を元に戻そうとはせず、俯きながら黙っていた。叩いたシルハの頬が痛々しく赤く染まる。だがヴィクナはそんなこと気にせずに口を開いた。
「何のつもりだてめぇ」
声に感情がこもっていない。普段の彼女よりずっと低い音程を出した声色に、シルハは何も言えなかった。
「何のつもりだって聞いてんだよ!!!」
ヴィクナはシルハの胸ぐらをつかんで体を引き寄せる。
「言い訳あるなら聞いてやるっつってんだよ!アタシの目を見ろ!!!」
ヴィクナの罵声が耳元で響く。シルハはその言葉を受けて遠慮がちにヴィクナの目を見た。
だがすぐに、遠慮がちな表情は驚きで色が変わる。剣幕な表情をしていると思っていたヴィクナハ、以外にもまだ困惑した表情を浮かべていた。目には明らかに彼女の不安が移っている。
動揺しているのははっきりわかった。自分の魔法が止められただけじゃない。なぜ助けたのか、その動機が皆目見当がつかなくて
「何でだよ…何助けてんのさ…馬鹿じゃないの?」
さっきまで勢いのあった声は急にしぼんで、今度はヴィクナが目を伏せる番だった。
「アンタ…殺されかけてたのに…何で助けるの…?馬鹿だよ……」
「………すみませんでした…」
シルハはそんなヴィクナに謝罪しか出てこなかった。ひどく気落ちしたようなヴィクナに、急に申し訳なさがこみ上げてくる。確かに、自分は馬鹿なことをした。敵である人間の抹殺を、隊長の攻撃の妨害をしたのだ。それはどんな理由があったって、罰を食らうであろうことは明白。
でも、どうしても譲りたくないのだ。
「でも…殺さないでください…」
シルハの言葉にヴィクナは伏せた顔を上げる。不安の色がまた強くなったように、普段強い輝きを持つ彼女の目は曇っていた。

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