露わになりし素顔
死神に向かったザルディはアスクを肩に担ぐと、口を動かした。
「《全ての柵(しがらみ)は我から消え去り》」
ザルディが呪文を紡ぎ終えるとフワリと足が地を離れる。それと同時に一気に死神に詰め寄った。
「おらっ!!」
ザルディは詰め寄ると同時に片手で担いでいたハンマーアスクを振り下ろす。死神は鎌を振ると、その斬撃を受け止め、鎌ごと上に払った。払われたハンマーアスクはそのままの勢いでザルディの腕ごと上に振り上がる。ザルディの足は、ハンマーアスクの勢いに乗って高く宙に浮いた。
そのままザルディは、自分がバランスを崩したために油断したのか、鎌を振り上げた状態の隙だらけになった死神の下あごを蹴り上げた。いきなりの下からの衝撃に、死神は体が宙に蹴り上げられる。ザルディはそのまま一回転をしながら体を捻り、死神に背を向けた状態でハンマーアスクを勢いよく振り宙を切る。すると、ザルディの体は地に足をつけずに一気にまだ宙に浮いた死神に詰め寄った。
「くたばりやがれ」
ザルディが発した言葉が空気を揺らし、音として死神の耳に届いた瞬間に、ゴツンと鈍い音が辺りに響いた。
一気に詰め寄られ、体制を直す前にザルディの振り下ろした斧の部分が見事に顔面に食い込んだ。バキンと、堅い何かが割れた音がする。白い仮面はヒビを走らせ、パラパラと地に破片が落ちる。茶色い地面に白が妙に映えてザルディの目に映った。
頭に強大な衝撃を受けた死神は初めて地に手を付けた。
「どうでい?俺様のスピーディーな動きはよ。今俺様はよ、自分の周りの重力を自由にコントロールできる。パワーとスピード、両方合わせたスペシャルな戦闘スタイルさ」
ザルディは今は重力負荷を少なくしているのか、10pほど宙を浮遊している。ローブで隠れた顔から、真っ白な獣のような顔の仮面が真っ二つに割れ、ガチャンと音を立てて地に落ちた。
割れた破片の上にポタリと、真っ黒な液体が落ちる。白を汚す黒に、ザルディは眉を潜めた。
ユラリ、柔らかいモノが風にはためくように不気味な動きで死神は手を地から離し、足をしっかり地に付ける。途端に風が吹き、ボロボロのローブが風に吹かれ、隠れた顔を表に強制的に出させた。
一番に目に入ったのは金色に輝く目。瞳孔が縦長な円状になった不気味な双眸がザルディを見つめていた。感情を感じさせない目にザルディの背筋にゾクリと悪寒が走る。しばらくその目から視線が動かせなかった。
それは時間にたとえたらほんの一瞬だった。だが、妙に長い時間見つめていた気がする。まるで時間が止まったような感覚だった。
ザルディは一回瞬きをすると、やっと時間が動いたような気がする。金色の瞳から目を放すと、死神の露わになった顔を見ることが出来た。
真っ黒な髪は光を反射させずに、まるで闇のように染まる。対象に真っ白な色のない肌が、金色の瞳を引き立たせて不気味であった。額からは真っ黒な液体が顔を流れ落ちる。おそらく、この黒い液体がこの死神の血なのだろうとザルディは勝手に解釈した。
人間の男と区別の付かない顔は整っているが表情がない。まるで等身大の人形がそこに立っているようだ。どこからも人間らしさが感じられないのは間違いなく死神の証拠なのだろう。人間に通じる常識がこの目の前の死神に通じないのならば、過大な重力負荷の中でも軽々と動けたのもうなずける。
「けっ!どうせなら別嬪のねえちゃんのが楽しめたのによ。野郎の顔してんじゃねぇ」
ザルディはその風貌に悪態を付くと、手に魔力を集中させた。死神はそれを見ても全く表情に変化を見せない。顔がついている意味あんのか?と思案しながら、ザルディは呪文を紡いだ。
「《辺りを包むは盾となりまた武器となる》」
言葉を紡いでから、ザルディはキセルの煙を吸い込み、フウっとゆっくり吐き出す。吐き出された煙は、凄い勢いで辺りを浸食していき景色をかすめていく。視界がどんどん悪くなり、世界は霧に包まれたように真っ白になった。
死神は世界でたった1人になった。自分の足すらも煙に巻かれてみることが出来ない。白い世界でたった1人になった。それでも表情を変えることはない。感情など無い人形のように。
そんな真っ白の世界の中、ザルディはゆったりと死神を見つめていた。
実際は煙など巻いてはいない。世界は未だに明快な風景を映し出しており、ザルディは余裕を持ってキセルを吹かしていた。
死神にかけたのは幻術魔法。
五感から入る情報で脳を麻痺させ、幻覚を見せる魔法である。ザルディは呪文を唱えることによって、耳からまず幻覚を見せるための準備を始める。次に視界で、吹き出した煙を頭にイメージとして残させ、嗅覚で煙のにおいをたたき込ませた。
そして幻術の発動である。
視界から情報として入った煙、嗅覚からくる臭いで自分があたかもそれに包まれている感覚に襲わさせる。煙に巻かれ、視界を濁らせるイメージが働き、実際に無い物を見て動きを失う。実際はこんなに晴れやかな視野も、今の敵には真っ白な世界に包まれた孤独の世界。自分以外の存在が何処にいたって、彼の脳内イメージに登場しない限り、彼の視界に入ることはないのだ。
「さ、死にな」
ザルディはゆっくり近づくとハンマーアスクを両手で高く振り上げ、一気に強大な重力負荷を掛けて振り下ろす。吸い込まれるように死神の頭に向かったハンマーアスクは音を立てて切り裂いた。

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