それぞれの向かう先
ヴィクナはマーダを安全だと思われる場所に置くと、マーダの胸に手を置いた。
「《神は悪を薙ぎ払い自由を手にする》」
ヴィクナが呪文を唱えると、マーダの体が急速に緊張を解いていく。
「ぷはっはっ…」
マーダはやっと体の自由を手にすると、今まで呼吸が出来ていなかったのか、肩を上下させて勢いよく酸素を取り込んだ。
「大丈夫か?」
「う…うん」
ヴィクナは軽く頭を撫でてやる。汗で湿った髪をクシャリといじると、涙目になったマーダは小さく頷いた。ヴィクナはそれを見ると、少し安心したように微笑む。それからキッと死神を睨み付けた。
「マーダ、ここにいてね」
ヴィクナは死神から視線を動かさずに言うと、一目散に突っ込んでいった。
「《燃え盛る鳥は空を赤く染め行く》」
ヴィクナが呪文を唱えると、ヴィクナの背後から急に真っ赤な炎を纏った巨鳥が姿を現し、死神に向かって飛んで行く。鳥が通った場所は、木が激しく燃え出し、地面は急速に水分を奪われ渇ききってヒビが入った。
死神は、真っ直ぐ向かってくる燃え盛る鳥に鎌を振り下ろす。その瞬間、激しい蒸発音と共に鳥の体が真っ二つに切り裂かれた。
鳥はその途端に形を失い、巨大な火の塊のようになる。少しすると、また炎は鳥の形を形成しだし、ついに死神と激突した。
激突した瞬間に、激しい熱風が辺りを襲う。余りに強い風に、木に燃え移っていた炎は一気に吹き消された。
だが、死神に体当たりした本体は未だに煌々と燃え盛る。黒い服を纏った死神が、炎の中で揺らめいて見えた。
「焼き殺されちゃえ♪」
ヴィクナは完璧に捕らえた死神を見ながら楽しそうに言う。その時、激しい風が辺りを襲った。
それは炎の中でも、全く動じる様子のない死神が作り出したものだった。
燃え上がる自身の姿など気にも止めず、死に神は自分の周りに円を描くように大振りに鎌を振る。その途端に、炎が一瞬真っ黒く染め上がった。かと思うと、ジュワッと、焼石に水を落としたときのような音を立てて一瞬にして炎が消える。死神は鎌を肩で担ぐと、焦げたローブを払った。
「《万物は我の前にひざまずく》」
その時ヴィクナとは別の声でなされた呪文が響く。途端に死神の立つ地面の半径1m程が、ミシリとキツそうな音を立てて陥没した。
「押し潰されな」
シルハを置いて遅れてやって来たザルディが唱えた重力魔法である。死神の周りだけ何倍もの圧力がかかっており、普通の人間ならアルミ缶みたいにペシャリと潰れてしまう程の負荷が掛かっていた。だが死神は、潰れるどころか、膝すらつく様子も見せずに平然と立っている。ザルディが振り下ろしたハンマーアスクも、そんな負荷の中軽々と躱した。
躱されたハンマーアスクは、標的を失い、過大な重力に流されるままに地を激しく粉砕する。吹き飛ばされた土片が銃弾のようなスピードで辺りに飛び散った。
「やるじゃん死神」
ヴィクナはそう言うと、攻撃を外して不機嫌そうなザルディをちらりと見る。そんなヴィクナと目が合ったザルディは、渋い顔をしながらチョイッと死神を指差した。
ヴィクナはグッと親指を立てて了解の合図をする。ザルディもニッと笑うと、2人同時に動き出した。
ザルディは真っ直ぐ死神に向かって。
ヴィクナは真っ直ぐラクシミリアに向かって。

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あきゅろす。
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