美意識
気は黒さを増して、危険だと脳に訴えかける。焦った脳は体を一気に活性化させたのか、心臓がドクドク激しく脈打って、体中がほてってきた。暑さのせいか、ほのかに皮膚が汗で湿気を帯びてくる。体が訴えかける危険信号に、彼女は故意的に蓋をした。
「なかなかヤバそうなのが出てきたね、ザルディ」
ヴィクナはそういう感情を全て閉ざすと、楽しそうに笑みを零す。ザルディはそんなヴィクナを見て、苦笑いをした。
「オメェはホント危険が大好きだな。更に顔が生き生きしてやがる」
ザルディの言葉に、ヴィクナは不思議そうな顔をする。
「何言ってんのさ、アンタだって…」
一旦言葉を区切ると、ビシリと人差し指でザルディの鼻面を差した。
「相当大好きなくせに」
ヴィクナの言葉に、ザルディも楽しそうに笑みを作る。
「当たり前だ。こんなスリル、嫌いって方が可笑しいぜ」
その言葉に微かに意識を取り戻しつつあったシルハは耳を疑った。
相手は空気まで黒く染めてしまうようなまがまがしい気を放ったモノ。明らかに強いことは気配でわかる。
だが2人は楽しそうな顔をその死神に向けた。
負ければ則ちそれは死を表す。その状況でなぜ笑えるのか、彼は不思議でたまらなかった。
現に、まだ負荷で体が動かないにも関わらず、カタカタと腕が震えているのだ。
「ほう…この状況を楽しむか、ウィクレッタよ。だが、貴様らの心理には恐怖の意も混じっているぞ?」
ラクシミリアはそんな2人の異常とも言える態度を可笑しそうに笑った。いくら上っ面だけ繕ったところで、彼女は心を読めるのだ。いくら笑ったって、巣くう恐怖を隠し通せない。
「怖いよ?それこそ心臓バクバクしすぎで弾けちゃいそう」
だが、心理を読まれたにも関わらず、ヴィクナもザルディも動揺する様子なく、そのままの姿勢で話し出した。
「絶叫マシーンと同じ。怖くて怖くて、でもそれが刺激になって、心がピリピリして楽しくて楽しくて仕方がない。コイツを倒せばまたアタシは強くなる」
ヴィクナは笑う。恐怖は快感を手に入れるための踏み台。スリルは心を満たすスパイス。だから、彼女は感じた恐怖に蓋をする。すると残るのは恐怖に対するスリルとその先の快感のみ。
「気違いが」
ラクシミリアは吐き捨てるようにヴィクナとザルディに言った。
ヴィクナ達には悪いが、シルハすらもそんな思いがした。
なぜこんな恐怖を快感と出来るのだろうか?なぜこんな状況を楽しめるのだろうか?
なぜ…
戦いを楽しいと言えるのだろうか?と。
「気違い?それは少し違うぜ?」
ザルディはキセルを吹かしながら軽い調子でラクシミリアの、そしてシルハの思想を否定する。
「ほう…ではその感情は…」
「戦に対する美意識さね」
ラクシミリアの言葉に繋げ、ヴィクナはニヤリと笑いながら言った。
「ガキの頃から戦いの中に居ると次第に戦いの中に美意識を見出だすモノさ」
ザルディは相変わらずリラックスしながら煙草を楽しむ。ラクシミリアはムッと眉を寄せた。
「美意識だと?気違いじみたスリル思考にか?」
「だから気違いじゃないっつの!」
ラクシミリアの切り返しに今度はヴィクナが眉を寄せる。
「アタシらの戦いに置けるもの、それは『全ての戦いに意味を見出だし、全ての戦いを己の糧とすること』だよ」
ヴィクナの言葉にシルハは少し顔を上げた。
「全ての戦いに…意味と…己への糧?」
ラクシミリアは訳がわからないというように首を傾げる。シルハもよく意味がわからなかった。
「わからない?アタシらウィクレッタが、いや。フォスターの人間が抱く美意識が」
ヴィクナはクスクスと笑う。ザルディも楽しそうに笑いながらキセルを噛んでいた。
「シルハ…聞こえる?」
「……は…い」
ヴィクナの問い掛けにシルハはコクリと頷きながら返事をする。口から零れ出た掠れた声に、シルハは自分で出しといてかなり驚いた。
「ついでだから聞いときな。ファンタズマが掲げし戦思想だよ」
ヴィクナはシルハの方へ振り返りながらニッコリと笑う。シルハはただ、続くヴィクナ達の言葉を待った。

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あきゅろす。
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