渦巻く魔力と望みしモノ
カキンと金属の音が響く。自分の右手首に目をやると、シルハは目を見開いた。
目の前に飛び込んできた光景に一瞬体に発生した熱も痛みも忘れる。同時に恐怖がわき起こった。
今まで想像したことがあった。"コレ"を外してしまったらどうなるのだろうと。想像するだけで怖かった。
それが今、ラクシミリアの呪いの力で砕けてしまった。ジグソーパズルのピースみたいに切れ目が入ってボロボロと地面に落ちていく。地面に落ちると砂のようになって崩れた。
シルハは自分の状況も忘れてそれを見つめた。
目をこれでもかと言うほど見開いて、呼吸が急に荒くなる。
崩れるごとに、シルハは体の異変に気づいていった。
正常に流れていたモノが、急にストッパーを掛けられる。まるで川の流れを食い止めるダムのように。
崩れたモノ。それはタピスから決して外すなといわれた"魔法(マジック)バングル"だった。
「あぁ……ぁぁあああああ!!!」
完全に壊れきったとき、シルハは悲鳴を上げた。
体に抑制していた魔力が一気に溢れ出す。うまくコントロールできずに、溢れた魔力は体から外に放出されていった。その魔力は気流の乱れを生み、強風を作り出す。シルハを中心に強い風が辺りに吹き付けた。
そのあまりの強さに周りの木々は悲鳴を上げる。ガサガサと葉や枝同士をぶつけ合ってあたりを一気に騒がしくした。そして、シルハから溢れた魔力の波動で絡み付いていた黒い光の帯がシルハに近寄れずに散っていく。ラクシミリアはそのあまりに強い力に尻餅をつき、マーダは軽い体が飛ばされないように身を低くして何とか堪え忍んだ。
「ぁぁぁああぁぁあああああ」
その際もシルハの体から魔力が止まることはない。苦痛の声を上げながらシルハは地にしゃがみ込んだ。
体の中で魔力が渦巻く。今まで正常に流れていた魔力をかき乱して、押さえていた魔力が好き勝手に暴れ出した。苦しくて息ができなくなる。
酸欠に陥ると、シルハは体を支えることができずに地面に倒れ込んだ。目の前がどんどん霞んでくる。
[…ルハ…]
遠退く意識の中で誰かの声が聞こえた。
だ…れ…?
そう声を発したつもりだったが声帯は震えることなく、ただ空気だけが口から吐き出された。
[シルハ…大丈夫だよ……今は…今は耐えて…!気絶しちゃだめだ]
シルハはその聞き覚えのある声にうっすら瞳を開く。霞む視界の中で、1人の少年の姿だけくっきりと浮かび上がっていた。
ジ…ルク…
[大丈夫…急に普段の倍の魔力が体に流れ込んだから対応ができてないだけなんだ。なれれば大丈夫だよ]
ジルクの手が優しく頬にふれ、なぜか自然と安心できる。気づけば、呼吸もだいぶ楽になってきた。
それと同時に体からあふれ出す魔力が次第に少なくなる。それと比例して巻き起こる風も威力を弱めた。風が完全に消えるとマーダは体中に込めていた力を抜き、ラクシミリアはよろよろと立ち上がる。木々も先ほどとは打って変わって静かにその場に立ちつくした。
ラクシミリアは服に付いた埃を払い髪の乱れを直す。シルハはその様子を地に伏せながらボーッと眺めていた。
やっと呼吸ができるようになったが未だに体は怠くて言うことを聞いてくれない。そもそも思考回路もはっきりしていなかった。
ラクシミリアは一通り身なりを整えるとシルハに目を向ける。蔑むような冷たい目線を贈った。
「貴様…魔力を制御していたのか…。今の魔力を持ってすれば私と戦えるではないか」
ラクシミリアはそう言いながらシルハに歩み寄る。
「離れて…!!」
マーダはその様子を見て慌てて立ち上がるとシルハの方へ掛けだした。
「動くな」
ラクシミリアはマーダへ視線を動かすと掌をマーダへ向ける。
「"呪" 《時縛蛇神(じばくじゃじん)》」
呪文を唱えると、マーダの動きが走っているポーズのままピタリと止まった。
「え…?」
マーダは全く機能しなくなった体を何とか動かそうと藻掻く。しかしピクリとも体は動こうとはしなかった。
その時背後に気配を感じた。
背筋にゾクリと悪寒が走った。黒く、思い気配が背中から射抜いてくるような感覚に汗が噴き出す。
それでも、マーダはまだ自由のきく顔をゆっくりと後ろへ向けた。
なぜだか分からない。体が勝手に動いたのだ。
何かが見ろと命令する。それは好奇心か、はたまた他の別の心理か。
命ずるままにマーダは振り返った。
真っ赤な瞳と目があった。
後ろにいたのは巨大な蛇だった。
体周りはドラム缶ほど、体長はゆうに3mは超えているだろう。そんな蛇がマーダのことを睨み付けていた。
時が止まった気分だった。
目が合った瞬間顔すら動かせなくなった。まるで体が凍り付けになったみたいに全く動かなくなってしまったのだ。視線すら、その大蛇から外すことができない。
「そこで大人しくしていろ。私はお前には興味がない」
ラクシミリアはマーダが完全に制止したのを確認するとまたシルハへ視線を戻した。相変わらずシルハは虚ろな瞳でラクシミリアを見ている。ラクシミリアはシルハに歩み寄るとシルハの側にしゃがみ込んだ。
「その力があれば貴様は私を殺せる…。立て!シルハ!!」
ラクシミリアは語気を荒げてシルハに命ずる。しかしシルハは全く反応せず、ボーッとラクシミリアを見つめ続けた。
ラクシミリアはしばし睨み付けてからガバッと立ち上がる。そのままシルハの体を蹴り付けた。
「起きぬか!!立て!!立って私と殺し合え!!」
ラクシミリアは怒鳴りながらシルハを蹴り続ける。だがシルハは反応どころか、うめき声すら上げなかった。
「くそっ…ならいい…」
ラクシミリアは諦めて蹴るのをやめる。グッタリと地に寝そべるシルハの姿を見下した。
「もう…死ね」
ラクシミリアは呟くように言うとシルハへ手をかざした。黒い光がラクシミリアの手を覆う。
「"呪" 《全界…》」
「殺し合うなら相手間違えてない?」
ラクシミリアが呪文を唱えていると、急に頭上から声が響く。ラクシミリアは驚いて顔を上げた。
「《黒き雨は鮮血に染まる》」
呪文念唱と共に10pほどの黒い刺がラクシミリアに向かって雨のように降り注ぐ。ラクシミリアはバック転でそれを躱すと、頭上にいた人物を睨み付けた。
呪文を唱えた2人の人物は空から降り立つとシルハの側に着地してラクシミリアに向かい合うように立つ。2人の、大柄な男と細身の少女の内、少女の方はクルリと向きを直すとシルハの方を向いてしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
少女が心配そうに尋ねると、微かにシルハの瞳が動き少女をとらえる。何か言おうと口を少し動かしたが、それが声となって少女に届くことはなかった。
「いい。しゃべるな。ゴメンな来るのが遅れて」
少女はそう言うとシルハの銀色の髪を優しくなでる。それから立ち上がりラクシミリアへ目を向けた。
「ファンタズマ…ウィクレッタか」
ラクシミリアは動じずに淡々と口を動かす。すると、少女は口元を緩めて微笑んだ。
「そうだ。ファンタズマ・ウィクレッタが1人2番隊部隊長ヴィクナ・セルダルハ。お望み通り殺してあげるよ、"呪術師"…ラクシミリア」
ヴィクナはそう言うと笑みを広げる。ラクシミリアもそれを聞くと口角をつり上げた。望むモノを手に入れた子供のように目を輝かせて…。

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