さようなら
頭が真っ白になって動けない。
率直な彼女の、少し低く呟くような声色がシルハの頭の中で何度も何度も響いた。
所詮、自分の戯れ事など偽善に過ぎない
自分は…偽善者でしかなかったんだ
「違う!!」
突然の後ろからの声でシルハは我に返った。
驚いて後ろを振り向けば、涙目でラクシミリアを睨み付けるマーダの姿が目に入った。
気付けば、自分にピッタリとくっついた体がガタガタと震えている。それでもマーダは睨み付け続けた。
「ほう…何が違うというのだ…?」
ラクシミリアはそんなマーダを見ると、少し身を屈めてマーダと目線を合わせる。マーダの体がビクリと跳ねた。
「シル兄は…本当に助けたいんだ…だって…」
マーダの瞳から涙が溢れ出す。シルハの胸がグッと締め付けられた。
「シル兄は僕を助けてくれたもん!!」
マーダは力の限り叫びながら訴える。ラクシミリアの顔からサーッと表情が消えた。
「…ダ…」
その叫びを聞いて、シルハの瞳からまた涙が零れた。
自分は本当に馬鹿だ
例えそれが人に偽善と取られようと自分が信じれば、それはきちんとした道になる。
「く…ふふ…」
表情が消えたラクシミリアが、少しずつ口角を釣り上げ始めた。小さく渇いた笑い声が口から漏れる。
「そうか…よかったな!!」
ラクシミリアは一回呼吸を置くと、勢いよく腕を伸ばした。掴んだのはマーダの細い首。
「かっ…!!」
「マーダ!!」
「動くな!!」
ギリっとラクシミリアの手に力が篭る。マーダの顔が息苦しさに歪んだ。
シルハは成す統べなく動くことが出来ない。悔しさにグッと下唇を噛んだ。
「お前は…」
ラクシミリアはマーダからシルハへゆっくり視線を動かしながらぽつりと言葉を発する。
「私がこの子供を殺したら私を殺すか?」
その途端にラクシミリアから黒い光の帯が飛び出す。その帯はゆっくりとマーダに絡み付き始めた。
「やめろぉっ!!」
頭の中に恐ろしい後継が浮かんだ。彼女の過去で聞いた、初めて使った呪い。
体が剥がれ落ち、砂の様になってしまう呪い。
シルハは何もかもを忘れ、マーダに左手を伸ばした。
マーダに手を伸ばすと、完全に絡み付く前にラクシミリアの手からマーダを振りほどいて突き飛ばす。マーダの体はシルハに突き飛ばされるがままに地に倒れ込んだ。
ラクシミリアの手を掴んだ右手が妙に熱い。シルハは必死に自分も帯から逃れようとしたが遅かった。
「残念だシルハ」
光の帯が絡み付く。チリっと熱が体に走った。
熱の後に体が痛みだす。ペロリと、右手の皮膚がジグソーパズルのピースの様な形で一枚剥がれ落ちた。
「あ…」
そこが焼けるように熱い。シルハは時間が止まったかのようにその腕を見つめた。
「貴様は…ここで終わりの様だな」
ラクシミリアの声が遠くに聞こえる。帯に体が絡めとられ、次第に視界が黒く染まった。
「さよなら偽善者」
マーダの悲鳴が頭を響く。
何かが砕ける音がした。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!