偽善者
目の前にいる男が口にする言葉の意味がわからない。
ラクシミリアは涙を流す銀髪の少年を呆然と眺めていた。
まるで自分のことのように涙を流す少年は、自分に襲いかかる腐死人などは視界に入れていない。ただ、真っ直ぐ自分を見つめてきた。
その視線に背筋がむず痒くなる。奇妙な感覚にラクシミリアは首を傾げた。
その瞳に映る色がひどく懐かしくて、ずっと恋いこがれていた気がする。
わけがわからない。
自分にわき起こった不思議な感情を押しとどめて鍵を掛ける。このお人好しをどうするか、それだけを考えた。
「ラクシミリア…考えよ」
続く言葉にラクシミリアは目を丸くした。
その間、銀髪の少年は呪文を唱え、目前に迫った腐死人と自分たちの間の空間を遮断する。遮断された空間の亀裂に触れた腐死人は激しいスパーク音と紫電にはじき返され、腐った体を地面に散りばめながら倒れ込んだ。
「なんと…言った…?」
ラクシミリアは少年の言葉が理解できずにもう一度尋ねる。少年はラクシミリアと目を合わせると優しい笑みを浮かべた。
考えよ――
「一緒に…キミは1人じゃないから」
シルハはハッキリと口にした。もう、彼女は1人で考える必要はない。少なくとも、自分がいる。きっとマーダも力を貸してくれるし、ルイやレイチェルも一緒に考えてくれるに違いない。ブツクサ文句を言いながら、ヴィクナも力を貸してくれるような気がした。
ラクシミリアはまだ固まっている。目を見開いて、信じられないというようにシルハを見た。シルハは小さく頷く。
「だから…もうやめ」
「ふざけるな」
シルハの言葉を遮り、ラクシミリアは早口で言う。今度はシルハが驚いて目を見開いた。
「ふざけるな!!方法などありはしない!!私の年月の欠片ほどしか歩んでいないものが何を偉そうに!!知ったような口をきく権利がどこにある!!?」
ものすごい剣幕な表情で捲し立てる。その様子に驚いたのか、マーダはシルハの後ろに身を隠した。
「まだ…まだわからな」
「わかりきっている!!私はずっと考えてきた!!貴様の生きて来た時間より長い時間考えたんだ!!」
ラクシミリアは髪を振り乱して叫び続ける。シルハはその様子に悲しそうに眉を下げた。その顔を見て、ラクシミリアはさらに表情を怒りに染める。
「哀れむな!!方法がないことなどもはや私にはどうでも良いこと!こんな世には愛想が尽きている」
ラクシミリアはここまで言うと、酸素を取り入れるために荒く呼吸をする。その際もシルハのことを憎悪を込めた目で睨み付けていた。
「掴むことの出来ぬ理想を追うなら目の前にある的確な方法でやれ!本気で戦って私を殺せ!!」
「嫌だ!!」
ラクシミリアの言葉にシルハは勢いよく反論した。
今までは、何も言えなかった。確かに自分の生きてきた年月なんてラクシミリアが苦しんできた時よりも遙かに短い、自分の言っていることなどラクシミリアにとっては夢物語でしかなかっただろう。だが、それだけは嫌だったのだ。
どうしても、ラクシミリアを殺したくなかった。
この少女を殺したくなかった。
「死んじゃったら終わりじゃないか!!」
死んでしまったら…全てが終わってしまう。あのあの星空も、あの朝日も、全てが終わってしまう。
「終わらせたいのだ!!」
だが、ラクシミリアは金切り声で叫んだ。
「はやく…はやく…」
彼の元に行きたい
もう……
「時が経ちすぎた…ゼリルの顔すら思い出せなくなってきた…あの優しい笑顔も…声も…もう…」
はやく彼にあって思い出したい。はやく彼の温もりを思い出したい…。
「私は死にたいのだ!!」
ラクシミリアの叫びに呼応したように腐死人が起きあがり、シルハ達に向かってくる。シルハはこの時初めてラクシミリアから目線を反らし腐死人を見つめた。
「《形は時として常識を崩し去る》」
シルハの呪文により地面がボコリと盛り上がる。盛り上がったその土は巨大な拳の形を形成し、腐死人の体を思い切り殴りつけた。
接合の弱い腐死人の体は一気に辺りに四散する。だが、また一カ所に集まり、形を形成しだした。
「まだまだぁーー!!」
シルハが声を上げると、もう一カ所地面が盛り上がり、新たに巨大な拳が生まれる。まだ形成しきれていない腐死人に向かって、2つの拳でラッシュを繰り出した。
その攻撃にこれでもかというくらい粉々になって散っていく。余りの勢いに一部の泥の肉片は遙か彼方まで吹き飛んでいった。
「そうだ!!戦え!!」
ラクシミリアはそれを見て口角を上げる。嘲笑うようにシルハを見た。
ラクシミリアの周りが、また黒い影を帯びるように重くなる。シルハはとっさにマーダを守るように身構えた。
「貴様は私を助けると言ったな?」
ラクシミリアはそのあと、少し冷静な口調で言う。シルハはコクリと、小さく頷いた。
「だから方法を探すと?」
「…はい」
ラクシミリアの問いにシルハはまた頷く。それは本心であり、願いであった。このまま、彼女に死んで欲しくはない。呪から逃れ、普通の女の子として幸せになって欲しい。
「それは…貴様を守るためか?」
「え??」
続いたラクシミリアの言葉にシルハは目を丸くした。言っていることが理解できない。
「『方法を見つける』。それは貴様の心を守るためのただの立前に過ぎぬのであろう?私のためなどではない、貴様自身のためだ」
ラクシミリアは冷たい目でシルハを睨む。シルハは体の中がさーっと冷たくなるのを感じた。反面、外面は火照りだし、汗が額から流れる。冷えた汗が冷たくなって頬を流れるのがハッキリと感じ取れた。
「貴様が方法を捜したいのは私に同情したからか?そうではあるまい」
ラクシミリアは淡々と言う。先程までの取り乱しようが嘘のようだ。
「貴様は、私の過去を聞いて焦っている。憐れな少女を自分が殺さなければならない、その事実に焦っている」
ラクシミリアは自分の胸に手を当てながらシルハを見つめ続けた。まるで自分の心を探られているようで、急にその瞳が怖くなる。シルハは蛇に睨まれた蛙のように、く動けなくなってしまった。
「そんな憐れな少女を殺すと言うことに怯えているのだ。周りからの自分に降り注がれるであろう視線や評価に怯えているのだ。方法を探そうと言って私を殺すという事実から逃れたいだけ、そうして自分だけでなく他の者にも責任転嫁して自分の負担を軽くしたいのだ」
そうじゃない…
心の中では必死に叫ぶが喉からその言葉がいっこうに出てこない。必死に口を動かそうとするが、小さく上下に動くだけで言葉にするには足らなかった。
「貴様は私を助けたいのではない」
ラクシミリアはシルハに歩み寄る。
「シル兄!!」
後ろにいたマーダは必死にシルハの服の裾を引っ張るが、シルハは足に根が生えたみたいに動くことが出来なかった。
「貴様は…」
「やめて…!!」
ラクシミリアの言葉を遮って、やっと出てきた台詞は先程とは違う。
否定の言葉ではなく
制止の言葉
ラクシミリアはその言葉を聞いて勝ち誇ったように笑った。
そしてく柔らかくシルハの頬に触れる。今のシルハにはその手はひどく冷たく感じた。
「自分を助けたかっただけなのだ」
シルハは続いた言葉に硬直した。もう、何も言えなかった。
とっさに出た先程の自分の言葉は、自分の深層心理を表していたのだ。
結局、自分は自分が可愛いんだと思い知った。
「偽善者が」
冷たい冷め切った瞳が、シルハの頭を真っ白にした。

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あきゅろす。
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