1人じゃない
空を切り思い切り駆け抜ける。
手当たり次第赤で敵を染め上げ、体を空中で一回転させてからトンッと軽く地に足をつける。1つに結わいていた黒髪が遅れて背中に落ちてきた。
「ゴホッ…コフッ…ケホ」
急に喉にこみ上げてきた空気をはき出すために咳き込む。その度に胸に激痛が走り、タピスは顔を顰めた。だが咳は止まらない。吐き出せば吐き出すほど体は酸欠に襲われ苦しくなる。そして、その度に恐怖が募った。
――あまりウィルス濃度の濃い場所にいると肺が侵されることがことがあるらしい
ケイルの言葉が脳裏をよぎる。そのさいも激しく咳き込み、胸がズキンと痛む。
嘘だ…
タピスは次第に落ち着きを取り戻しながら必死に否定する。
そんなことがあるはずがない
これはただの悪質な風邪
気にするな
今は…――
タピスははぁっと息を吐いてから高く跳躍する。その瞬間に自分がいた場所に火柱が上がった。
そう、ここは戦場…
タピスは跳び上がりながら背中を反らし、そのまま宙で一回転をする。火柱を上げた敵の背後に降り立つと、魔力を帯びた足で思い切り足払いをした。
すると、バランスを崩すどころか、敵の膝から下の足がだるま落としのごとく吹き飛ぶ。敵の痛々しい悲鳴が頭の奥でぼやけて聞こえた。
膝から下を失った敵はそのまま地面に這い蹲る。足の切れ目から滝のように血が零れ落ちているのを酸欠の頭でボーッと見つめた。そのまま敵の頭の方に歩いていき、立ち止まる。目の前にタピスの足を見た敵は「ひっ…」とか弱く悲鳴を上げた。
そのままゆっくり足を上げ、敵の頭を踏みつければアルミ缶のように意図もたやすく潰れる。声も上げずに絶命した男を見ながら、タピスは己に言い聞かせた。
これはただの悪質な風邪
気にするな
今は…――
目前の敵に集中せよ
1人の命を終わらせてから辺りを見回す。すると敵に囲まれた仲間の姿を見つけた。
タピスは足に魔力を練るとそのまま地を蹴り付ける。地がえぐれ土の塊が一瞬重力の束縛を忘れ宙に浮く。その時にはその現象を起こした男はすでに駆け抜けて姿を消していた。
あっという間にたどり着くと、1人の少年の背中を斬り付けようとしていた男を跳び蹴りで吹き飛ばす。何十メートルも吹き飛んだ男の体は変な方向に間接を曲げながら何度か地をバウンドした。
跳び蹴りを食らわせたタピスは地に足をつけると回し蹴りで敵の首を吹き飛ばす。後ろから剣を振り下ろしてきた男の腕を掴んでそのまま跳び上がり、頭上を越えて背後に回った。そのままその男の背後にいた男を蹴り飛ばしつつ、男の手を掴んだまま着地する。男の手はタピスに引かれるままに360度回転してしまい、肩からゴキッっと嫌な音が響いた。
男の悲鳴が遠くで聞こえた気がする。そのまま下から蹴り上げれば男は爆風に飲まれたかのように高く宙を舞い、その体から赤い滴がキラキラと日の光を反射させながらポタポタと雨のように落ちてきた。
「ゲホ…カハッ……ゴホッゴホッ」
タピスは一通り敵を片づけるとまた苦しそうに咳き込んだ。
「た、隊長…!!大丈夫ですか…!!?」
すると、先程ここで背を切られそうになっていた少年が心配そうに近寄ってきた。
「あぁ、大、丈夫だ…」
タピスはなんとか咳を堪えながら言葉を発する。
「お前は大丈夫か?」
「はい!隊長のおかげで無事でした。ありがとうございます!!」
少年の心配をしてやれば、少年は嬉しそうに微笑みながら頭を下げてお礼を言う。そして上げた時目があった。
肩ほどの長さの黒髪をした目の大きな可愛い少年。
「気をつけろよ、アテナ」
「はい!ありがとうございます」
少し微笑んで言ってあげるとアテナも嬉しそうに微笑んだ。しかし額には汗が浮かび、顔は少し疲労感が滲み出ていた。今年入隊したばかりの最年少の少年、疲れてしまったって仕方がない。
「あんまり無茶はするな。少し休め」
タピスのその言葉にアテナは少し驚いたような顔をしてからブンブンと勢いよく首を横に振った。
「駄目です!!みんな戦ってるのに、僕も戦います!!」
声だけは元気が良い。タピスの言葉に異を唱え、少し向きになって語気を荒げた。みんな戦ってる。自分だけ休めない。これは1人の戦いじゃないから自分が足を引っ張りたくないのだ。
「駄目だ。戦うにも、なんにするにも命あってこそのものだ。無茶な戦いで命を粗末にするな」
そんなアテナにピシャリとタピスは言い放つ。アテナはその言葉にグッと口を紡いだ。
――死なない
先程みんなと約束したことが頭に浮かぶ。アテナは顔を伏せてから小さく頷いた。
「それに、コレは1人の戦いじゃない」
タピスはそう言いながら視線を横にずらす。視界に飛び込んだのはこちらに向かってくる1人の男。
「みんなで戦ってるから…みんなの戦いだから支え合うんだ。誰1人死なないように」
その言葉に伏せてた顔を上げる。タピスは一回アテナを見てから頷いた。これは、1人の戦いじゃない。仲間がいる。こんな時に支えてくれる仲間がいる。
「それを忘れるな?」
そう言ってからタピスは思い切り地を蹴った。強風が巻き起こったのか、アテナの少し長めの髪が煽られる。あまりの風に閉じてしまった目を開けると、すでにタピスの姿は無かった。
「アテナ!!無事か!!?」
タピスの姿が突然消え、ボーッとしていると横から急に声が掛かる。
「へサム…」
声を掛けた人物、へサムの顔を見ると、アテナは安心したようにため息をついた。
「少し…疲れました…」
「おっし。じゃ、俺が守ってやっから少し休んでな」
そう言うとへサムは胸を張りながらニッと笑顔を作った。
「ふふっ、自信満々。ヘマしたら末代までたたりますよ?」
「おうぅっ!笑顔が黒い!!」
クスクスと笑いながらアテナはその場に腰を下ろす。
守ってもらっても良いんだ――
1人じゃない
仲間がいるから
だから僕らは戦えるんだ
「なんか良いことでもあったのか?顔が超にやけてるぞ?」
やってきた敵の首を斧でたたき落とすと、へサムは訝しげにアテナを見た。
「ふふ、秘密です」
アテナはそんなへサムに笑顔を向ける。
良いことはあった。
良いことに気づけたから。
それはとても素敵なこと。
「…僕ら…1人じゃないんですね」
アテナは小さく呟いた。
赤が舞うこんな世界だけど
この中にだって素敵なことがいっぱいあるのだ。

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