呪術師の誕生
ラクシミリアは何が起きたのかわからず呆然と前を見据えていた。
体の力が抜けてヘタリと床に座り込む。生暖かい何かがスカートを濡らし、バラが咲いたように赤い広がりを作っていった。
空気に触れると、生暖かかった物は温もりを失い冷たくなっていく。まるで目の前の人のように。
「ゼ…リル?」
自分の前に倒れ込んでいる愛しの人に声を掛ける。しかし彼は反応せず、変わりに真っ赤な液体が広がりをもっていき、ラクシミリアの服を、そして彼の真っ赤な髪すらも汚していった。
彼だけではない。ホールにいたほとんどの人が倒れ込み、赤い液体を自身から広げている。彼女の耳に悲鳴とうめき声が届いたのはまだしばらく後のことだった。
突然のことだった。
彼がほっと一息ついた時だ。
急に爆音と悲鳴が辺りを支配した。
銃声が鳴り響き、玄関が爆発系の魔法によって吹き飛ぶ。弾に当たった人々は悲鳴を上げながら床に倒れ、真っ赤な花びらを辺りに散りばめた。
そしてゼリルの背中にも銃弾が食い込んだのかビクビクと数回跳ねて、口から真っ赤な血を吹き出す。膝から崩れ落ち、そのまま彼は床に倒れた。開かれた瞳からは光が失せ、うつろな目が床を見つめる。ラクシミリアはその光景をスローモーション映画でも見ているような気分になった。
「ゼリル…?」
たまたまだ、たまたま入り口の方にゼリルが立っていて、彼はラクシミリアの盾のような形で彼女の分の弾も全て見に受けた。図らずとも彼に守られて一発も食らっていないラクシミリアの体は全く痛みはない。
だが痛かった。熱かった。
「ゼリル…!」
彼の名を呼ぶたび、痛みが走る。目の奥がカーッと熱くなって、彼女の視界が徐々に曇った。
「ゼリル…!!!!」
ラクシミリアは彼の体を揺さぶりながら金切り声で叫んだ。だが何度呼んでも彼の瞳は自分を映してくれない。先程までの可愛らしい笑みを自分に向けてくれない。
彼女は必死の思いで顔を上げる。すると彼女の父と母の姿が飛び込んできた。彼のように服に真っ赤な花を広げながら、彼女の父と母は床に倒れていた。
「お父様…お母さ…」
ラクシミリアは何が起きたのかわからなかった。
なぜこの人達は倒れている?
「お父様!お母様!!」
なぜこの人達は自分の声に反応してくれない?
「いやああぁぁぁぁぁああああ」
ラクシミリアはついに瞳から零れだした涙を流しながら悲鳴を上げた。
父も
母も
ゼリルも
親戚も友だちも
誰も反応してくれない
彼女の声に誰も耳を貸さず倒れているだけ。
愛する者達が
床を赤に染め上げていた。
その時、吹き飛ばされた扉から人影が現れた。
何人もの人影は、倒れている人間には目もくれずに赤い血を踏みつけながらある人物の元へとまっすぐに歩いていく。ラクシミリアはその様子を見て、誰の元へ向かっているのかを目線を動かして探した。
その人物は
「お父様…?」
小さくポツリと彼女は呟く。
入ってきた人間達はまっすぐ彼女の父の元へと歩いていった。彼の父の元へ着くと、何人かの人間が父に銃口を向ける。1人がしゃがみ込んで父の腕を取り脈を測った。
「ジョレンド・バーレーン司令官……始末完了だ」
脈を測った男がそう呟くと、一緒に入ってきた人間達は歓声を上げた。
ラクシミリアの父、ジョレンド・バーレーンは軍人だった。軍の総司令官だった。
命を狙われてもおかしくない地位の彼の周りには常に護衛がいた。
だが今日は娘の誕生日だから仕事のことを忘れてゆっくりしたいと誰1人として護衛など付けていなかった。
そんなチャンスを邪魔に思っている奴らが見逃すはずはない。
家に銃弾を浴びせ、奴らはたった1人を殺す目的でたくさんの人間を意図もたやすく殺した。
「嫌…」
ラクシミリアはまた小さくポツリと呟く。その声に何人かの人間が反応した。
「こいつ…バーレーンの…」
「娘だな、始末しろ」
脈を測った男が言うと、ラクシミリアに大量の銃口が向けられる。
「…さない」
だがラクシミリアはそんなのでおびえる様子も見せずにポツリと言葉を零した。
「許さない!!!」
ラクシミリアが叫ぶと、急に辺りの空気がずんと沈む。人間達は驚き、ラクシミリアに向けて引き金を引いた。
「ぐああぁぁああああああ!!!!」
しかし悲鳴を上げたのはラクシミリアではなく引き金を引いた人間達。発射された弾はラクシミリアの手前で何かにはじき返されたかのように戻ってきて自分たちを射抜いた。
「なに…!?」
脈を測っていた男は驚き目を見はる。
「ぐっ…!!」
その時、ラクシミリアの周りに黒い光の帯が発生し、その帯は人間達に絡み付くように広がっていった。
「ぎゃ――――――――――!!!」
その光の帯に捕まった男達は体なまるでジグソーパズルのピースのような線が浮き上がる。そこからぼろぼろと線に沿って体から剥がれていき、立っていた場所にピースの山が出来上がっていた。そのピースはすぐに砂のように崩れてしまい、終いには白い砂が風に乗ってどこかへ飛ばされていった。
彼女はたくさんの死体の中で1人たたずんでいた。
父と母とゼリルと…たくさんの親戚と友人の死体の中で1人たたずんでいた。
やってきた男達は全て砂と化し、赤く染まった床に点々と白を作り上げている。
この時、彼女は一瞬にして全てを失った。
愛する者を、幸せを、そして
自分の時を…
彼女の怒りに共鳴して呪術の力を発動した。生まれて初めて彼女は自分にこんな力があると悟った。かわりに全てを無くした。
たくさんの死に囲まれて、彼女の瞳はもう涙に濡れてなどいなかった。
彼女の瞳に映ったのは虚無。
この瞬間に1人の少女は消え去り、1人の呪術師が誕生した。
傲慢な人間の欲に罰を与える運命を背負った呪術師が誕生した。
彼女はふと空を見上げた。
瞳に映ったのは智のように赤い夕日。
朝見た美しい朝日と同じ者のはずなのに
その光は非常に残酷で
これからの運命を予知しているようで
ラクシミリアはただたたずんでいた
そして自らの運命を悟り、永遠に近い時間を絶望を背負って歩き出したのである。

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